刑裁サイ太のゴ3ネタブログ

他称・ビジネス法務系スター弁護士によるニッチすぎる弁護士実務解説 TwitterID: @uwaaaa

「有罪率が99.9%」という話の出所はどこか

はじめに

 『99.9-刑事専門弁護士- SEASONⅡ』が始まりました。
 前作同様,法廷シーンの作り込みが尋常ではなく,関心して見ております*1
 ところで,前作が放映されている頃に,タイトルになっている「99.9」は有罪率を本当に示すものかどうかを検証する記事を書きました。
keisaisaita.hatenablog.jp
 結論を一言で言うと,「平成26年の統計」「地方裁判所及び簡易裁判所の第1審で公判請求された事件」「形式裁判ではなく実質裁判の件数を母数とする」という,暗黙の前提となっている条件を設定すると,有罪率は99.9%ではないという結論でした。
 高い有罪率なのは問題であるものの,それを検証せずに「99.9」という数字が一人歩きしている現状に警鐘を鳴らす記事でした。


 前回は検証しただけで満足してしまいましたが,よくよく考えるとじゃあ「99.9%」という数字の出所はどこなのかが気になってきました。「99%」という人もいたりして,表記揺れも気になるところです。
 そこで,いつもどおり業務を放り出して今回も検証することにしました。
 第2期が始まったタイミングで記事を書くとPVが伸びそうですし。

検証の方法

 今回はGoogle検索でガンガン昔の記事を掘り起こしていきます。クソブログやまとめサイトが出ないように検索する時期を絞って,古い記事を探します。
 また,未だに読み方が分からない"CiNii"という論文検索サイトも使ってみました。

Google検索の結果

 インターネットが普及したのは1990年代後半,Googleが本格的に出てきたのが2000年代初頭の頃であったかと思います。
 そこで,まず,2000年の頃のページを検索すると,こんなページが引っかかりました。長めですが引用します。

99・9パーセントの有罪率
 レジュメの方に、いくつかの本を参考に、その文章を抜き書きしているものが資料としてあります。

 まず一つ、「日本の司法文化」と書き出していますけ れども、とりわけ日本の刑事司法における一番大きな問題は刑事裁判における有罪率、これは非常に大きな問題をはらんでいるのではないかと思っています。有罪率はなんと99・9%です。99・9%以上なんですね。つまり、千人に一人無罪が出ればええとこだという状態。そういう状態が今の刑事司法の状態なんです。
 具体的に、1996年の場合、その年に求刑がなされて判決が出されたものだけの数なんですけれども、全体で5万4221人の人達が求刑を受け判決をこの年に迎えています。その結果、5万4221人のうち無罪は35人なんです。これ、どれだけの数かというと大変な数字で、逆に5万4千何人の人は有罪だということになります。無罪率は0・06%、有罪率は99・94%ということになります。
 ただし、否認事件に限りますと、つまり法廷で自分はやっていませんというふうに否認した人について言いますと、もう少し無罪率は上がります。5万4221人のうち否認した人は3660人。そのうち無罪判決が出たのが35人ということになります。パーセンテージにしまして0・96%です。ですから否認事件に関しては99%が有罪で残り1%位が無罪になりうる、つまり百人中一人ということになります。
 これは世界的には類を見ないことなんですね。例えばアメリカ、イギリスのように陪審制を敷いている所でありますと、数10パーセント、無罪が出るわけです。制度が違いますので単純に比較できないにしても、日本の場合、これだけの数ということは、つまり起訴されればほぼ間違いなく有罪だということになります。

 もう一つ言いますと、裁判が機能していないとも言えますね。
http://tomiyama-mujitu.net/news/n2000/n141.htm

 冤罪支援をしている団体の講演録です。講演者の浜田寿美男博士は,証言の信用性についての研究をしているようです。
 ページの情報から,2000(平成12)年3月18日の講演録であるようです。
 これを見ると,具体的に検証をしながら,「有罪率はなんと99.9%」と述べておられます。「昔から99.9%以上などと言われてきました」的な書き方ではなく,検証をした上での数字です。しかも否認事件についても言及しています。


 ついで,2001(平成13)年を検索してみると,こんなサイトが。引用します。

日本の刑事裁判の有罪率は非常に高い。平成12年版犯罪白書によれば、平成10年に第1審での判決を受けた刑事被告人は6万8,078人。うち、無罪は61人と なっている。ひとたび起訴されれば、99.9%は有罪となる。
http://www.livingroom.ne.jp/r/responsibility.htm

 いわゆる薬害エイズ事件無罪判決に寄せた,北村健太郎博士のブログ(当時はギリギリブログとは呼ばなかったと思われるが。)です*2
 薬害エイズ事件の第1審判決が2001(平成13)年3月28日に言い渡されていて,このサイトにはその翌日のタイムスタンプがあることから,当時に記されたもので間違いないと思われます。
 北村博士は,社会学者で,病者・障害者の権利について研究されておられるようです。
 ここでも,わざわざ犯罪白書の数字を引用して99.9%という数字を導き出しています。経緯からすると前記の講演録とは独立して導き出した数字のような気がします。
 いずれにせよ,前記の講演録もこのブログも,【法学者や法律実務家ではない者による指摘】という点が非常に興味深いです。ほんっと法律家は数字に弱いですね!
 

 2002(平成14)年になると,「刑事裁判においては、ひとたび起訴されれば99%を超える異常な有罪率」とする自由法曹団のブログや,「無罪率は一部無罪も含めて、地裁レヴェルで0.1%未満である」とする深尾正樹博士の刑事訴訟法の講義のシラバスが引っかかります。
 また,この年には「逆転法廷―有罪率99%の壁」というドラマのノベライズ?作品が登場したりしています。


 2004(平成16)年には,「有罪率99.7パーセントの日本の刑事裁判」とする,東電OL事件の支援者のブログがありました。

 
 その後,大きな変化として,ネット界隈では,2007年に池田信夫氏の以下のブログと
ikedanobuo.livedoor.biz
 それに対するアンサーのモトケン氏の以下のブログ
「有罪率99%」は謎か異常か? - 元検弁護士のつぶやき
などがありました。
 二人とも現在も活動するネット論客ですね。
 この論争のきっかけは映画「それでもボクはやってない」の感想が元になっています。
 映画「それでもボクはやってない」の劇中に,

当番弁護士浜田の台詞
「有罪率は99.9%。千件に一件しか無罪はない。示談ですむような痴漢事件で、正直、裁判を闘ってもいいことなんか何もない」
http://blog.goo.ne.jp/j-j-n/e/38e278b14b6aa95eb2bfbefa5f4edbf6

主任弁護人荒川の台詞
「怖いのは、99.9%の有罪率が、裁判の結果ではなく、前提になってしまうことなんです」
http://blog.goo.ne.jp/j-j-n/e/38e278b14b6aa95eb2bfbefa5f4edbf6

という台詞があったのです。
 この映画はご存じのとおり大ヒットとなり,これで一般の方にもかなり広く知られるようになったものと思われます。


 ここまで調べて思ったのは,ネットの情報では有罪率が99%だったり,99.9%だったり,99.7%だったり,表記に揺れがありまくることです。池田氏は,劇中で「99.9%」と言及されているのに,「99%」としていたりします。表記が揺れるのは,余り検証もせずに記憶ベースで書いたりしているからですね*3
 そういう意味では,この頃までにも有罪率が高いという話は漠然と共有されているものの,その具体的な率は,時たま現れる検証者によって数字が入れ替わるような状況だったのかも知れません。
 それが,映画「それでもボクはやってない」の影響で「99.9%」という数字が固定化したのでしょう*4

テレビドラマ

 一般の方目線で改めて調べると,前の項でさらっと触れた「逆転法廷―有罪率99%の壁」の元ネタになったテレビドラマがありました。
 "弁護士・朝日岳之助"という,日本テレビ系列の火曜サスペンス内で放送されていたシリーズがそれです。
 この第2作が1990(平成2)年5月29日に放送されていますが,そのタイトルが「有罪率99%の壁」というものでした。
 この番組,視聴率が20%を超えていたようですから(すごい時代だ),多くの一般の方が「有罪率がめちゃくちゃ高い」,あるいは「99%だか99.9%だかが有罪になる」的な認識を持つきっかけになったのではないでしょうか。
 

論文の調査結果

 一般にはそんな感じとしても,法律家・研究者の文脈では出所はどこなのでしょうか。
 Ciiで,「有罪率」について言及していた論文を調べたところ,「無罪判決と国家賠償法上の違法性判断」という論文が見つかりました。
 ネットから閲覧できます↓
中京大学学術情報リポジトリ
 中京大学法学部 (当時)の村上博巳博士*5の論文です。1990(平成2)年に世に出た論文です。先ほどのドラマとほぼ同時期ですね。
 これの冒頭に以下のような記載があります。

わが国の刑事犯罪の有罪率は100%に近く,無罪率は約0.01%であるといわれる(1)

 おっ,有罪率を99.9%とする表現ですね。そして脚注(1)が付いています。脚注には以下のような文献が挙げられています。

長井圓「無罪判決の確定と公訴の提起・追行の違法」法律のひろば37巻10号5頁

 この「法律のひろば」が1984(昭和59)年10月に世に出たようです。すぐに文献を調べられませんので確定ではありませんが,これが「有罪率が99.9%」とする話の大本ではないかと思われます*6

まとめ

 法律家・研究者の間では,昭和59年頃までには「有罪率が99.9%」という認識を持っていた。
 一般人の間では,平成2年頃の火曜サスペンス(視聴率20%)で「有罪率99%」という数字が紹介された。その後も冤罪支援関係者等の間でも独自にこの数字が紹介されるなどしていたが,映画「それでもボクはやってない」の劇中の発言の影響で大きく人口に膾炙した。
 ということになりそうです。
 仕事の片手間に検証しただけなので,更なる検証は他の方にお任せします^^

*1:法廷シーン少ないですけどね・・・。

*2:すみません,Twitterでこのブログを紹介した時は偽弁護士騒動で知られる江川紹子氏かと思ってましたが,違いましたね。

*3:法曹が苦手な有効数字の概念を持ち出すと,99%は98.5%から99.499...%までを含むのでやたらと広い概念なんですよね。

*4:その後も伊藤真塾長が2008(平成20)年のブログで「有罪率99%」と言ってたりしますが,法律家は数字に弱いので・・・。

*5:元裁判官の研究者のようです。

*6:誰か法律のひろば調べてください^^;