刑裁サイ太のゴ3ネタブログ

他称・ビジネス法務系スター弁護士によるニッチすぎる弁護士実務解説 TwitterID: @uwaaaa

覚醒剤のことを指す「シャブ」「ヒロポン」の語源・由来についての考察(2026年版)

はじめに

 以前,「シャブ」の語源を考察しました。
keisaisaita.hatenablog.jp

 それから7年が経過しました。この間,国会図書館デジタルコレクション(以下,デジコレといいます。)が利用可能となり,wikipedia情報も整理されるなどしたことから,全面的に改稿する形で改めて考察します。
 これとは別に「ヒロポン」の語源も調べていたのでこれも統合します。

「シャブ」の初出について

 英語版のwiktionaryでは,初出は1977(昭和52)年とされています*1
 典拠には名高い「日国」の簡略版である「国語大辞典 新装版」が引用されており,日本語版のwiktionaryでは言及されていない点を除けば出典としては申し分ないと思います。
 しかし,もう少し早い初出が確認できます。
 デジコレに,1973(昭和48)年の文献に,覚醒剤のことを「シャブ」と呼んでいるものがありました*2

 文脈としては,現在15歳の少年が覚せい剤取締法違反*3で逮捕されたところ,その少年から事情を聴き取った,その中に登場するというものです。聴き取りは昭和47年に行われているところ,過去のこととして中学2年生の頃のことを語っており,言及のある生まれた年から逆算すると,「その頃」とは昭和45年頃のことのようです。
 つまり,昭和45年頃にはシャブという隠語を知らなかったが,昭和47年にはシャブという隠語をよく知っていたということになります。
 このことから,昭和40年代の第2次乱用期に登場した隠語であったことが裏付けられます。なお,これ以前のものは,デジコレの範囲では発見できませんでした。


 なお,昭和52年の医事新報の質疑応答集には,「シャブ」のことを「シャル」と聴き取ったと思われる新潟県内の医師からの質疑が掲載されています*4。隣県である群馬大学の教授が「シャブ」のことだろうとして回答しており,「シャブ」という語の拡散の経緯の参考になります。

シャブの語源について

 前回は,「水に溶かしてシャブシャブする説」「削るからshave説」「使うとしゃぶい説」「骨までしゃぶる説」を取り上げ,「骨までしゃぶる説」が有力であると考察しました。
 まず,前回参考にしたwikipediaから,語源に関する記載が削除されました。
2019年の前回の考察記事で出典が不明だと指摘したのですが,2021年頃にようやく典拠不明のタグが付されました。
そして,今年の3月についに語源に関する項目が全て削除されました*5
 特に,典拠の薄かった「shave説」「使うとしゃぶい説」はほぼ否定されたといってよいと思います。実際,デジコレを叩いても,これら2つの説は全くヒットしませんでした。


 一方で,「水に溶かしてシャブシャブする説」については,1979(昭和54)年の史料に言及がありました*6*7

 もっとも,真っ先に出ているのは「骨までしゃぶる説」です。この「水に溶かしてシャブシャブする説」はおまけ程度に紹介されています*8


 他にも当時に近い年代の史料は,いずれも骨までしゃぶる説を支持しています*9*10


 当時の文献で,唯一,他の説を先に書いているものがありました。
 「小林潔 著『覚せい剤を追え : 麻薬Gメン捜査ドキュメント』,日新報道,1977.4」です*11
 著者の小林潔氏は,現役の麻薬取締官だったようです。

 ここでは,いずれも大阪の方言で,①小便の際の身震いの意の「シャブル」から,②なめるの意の「ネブル」からという2つの説が紹介されています。
 指摘されている2つの説はいずれも聞いたことがない説です。しかし,著者はこれを否定して「骨までしゃぶる説」を採用しています。現役のマトリであった小林氏が「骨までしゃぶる説」を採用している点は,「骨までしゃぶる説」を相当程度補強するものと言えると思います。


 なお,前回示した「骨までしゃぶる」という映画についても調べました。

明治30年代の洲崎新地。二流遊郭・松岡楼に売られたお絹は、その美しさからたちまち評判の遊女になり、廓での生活にも馴染んでいく。そんなある日、甚五郎という男が彼女の客になった。ところが彼はお絹に触れることもなく朝を迎えてしまう。
https://video.unext.jp/title/SID0060592

というストーリーのようで,時代背景的に覚醒剤と直接結びつけるのはやや早計でした。公開が昭和41年で,現在確認できるシャブの初出の昭和47年頃とずれてもいます。
 ただ,前掲『小説club』にはこのような作品もあります*12

 こういうシャブ漬けにして売春させる手口が遊郭モチーフの映画と結びついて,後発的に「骨までしゃぶる」説を強化した可能性もあります。


 いずれにせよ,語源なので確定させることは困難ではありますが,引き続き,「骨までしゃぶる説」が有力説ということでよいと思います。

海外でもシャブと呼ばれている点について

 前回の記事に対して,タガログ語でもシャブと呼ばれているという指摘がありました。
 タガログ語版のwiktionaryには,

Etymology
Unadapted borrowing from Japanese shabu, the Hepburn romaji of シャブ (shabu, “stimulant”) (cf. Indonesian sabu). From the 1980s.[1]

とあり,1993年に出版された" Tagalog Slang Dictionary"が引用されていました*13

 時系列にも沿うので,タガログ語のシャブは,日本語からの借用語で間違いないと思います(韓国語にも言及がありますが,後述するとおり韓国ではヒロポンと呼ばれているので,シャブは日本語からの借用語でよいかと思います。)。

 なお,

第2次世界大戦中に日本兵や特攻隊員、労働者も使用していたので、日本軍が進駐していた東アジアから東南アジアでも日本兵や労働者に使っていたメタンフェタミンのことをshabúと呼ばれるようになったらしいのです(おそらく)。
https://hirata.softsync.jp/2025/01/22-01/

という指摘もありますが,「シャブ」は前述の通り,初出が昭和40年代であり,昭和40年代以降の第2期濫用期から使われるようになった言葉です。戦時中の第1期濫用期には「ヒロポン」と呼ばれていたはずです。
 実際,韓国語版のwikipediaによれば,日本の影響下にあった韓国でもヒロポンなどと呼ばれているようです*14
 覚醒剤の嗜好習慣はともかく,「シャブ」という語が戦時中に広まったとするのは疑問です。

ヒロポンの語源

 ヒロポンの語源は,ギリシャ語のPhilo(好む)-Ponos(仕事)です。
 根拠は『大日本製薬六十年史』です*15
 大日本製薬(現・住友ファーマ)は,戦時中,そして今もなお,「ヒロポン」の商標で覚醒剤を正規に販売している事業者です。


 これに対して,俗説として「疲労がポンですわ!」*16という説が流布しています。しかし,客観的な根拠に乏しい説と言わざるを得ません。
 もちろん,「疲労がポンですわ!」が先にあり,後付けでギリシャ語由来をこじつけたという可能性も否定はできませんが,それを積極的に裏付ける根拠はありません。
 そればかりか,これを否定するような文献があります*17

 著者の山科樵作は永年,製薬業界にいた方のようで,相当程度信用して良いかと思います。

 同様に,このような文献もあります*18

 これも日本医師会の機関誌のようであり,伝聞調の発言ではありますが,その内容は信用に足るものかと思います。

 これらのソースからは,ヒロポンの命名者が三浦謹之助氏であることも分かりました。「近代医学の父」「大正天皇のお医者さん」などとも評される名医中の名医です。

 なお,ヒロポンが違法薬物の総称のように言われていることについては大日本製薬は「甚だ迷惑」と評しています*19

まとめ

これはあくまで現時点で片手間に調べた範囲での結論です。今後の研究に期待します。

*1:https://en.wiktionary.org/wiki/%E3%82%B7%E3%83%A3%E3%83%96

*2:大橋薫, 四方寿雄, 大藪寿一 編著『現代社会病理学』,川島書店,1973. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/12106038/36

*3:当時の法令名は「覚せい剤」表記であることに注意。

*4:『質疑応答』第4集,日本医事新報社出版局,1977.4. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/12644072/1/269

*5:削除した人が覚醒剤の項目をこれ以外にも書き換えまくった結果苦言を呈されて,その後,アク禁を食らっているのですが,それはまた別の機会に。

*6:桃園書房 [編]『小説club』32(5),桃園書房,1979-05. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/1785246/

*7:ちなみに,この『小説club』という媒体ですが,この種の俗語やおげれつワードで検索すると必ず出てきてくれる,非常に貴重な史料です。

*8:執筆は直木賞作家の藤本義一氏。なお,引用の続きには「子どものようにはしゃぐ,癖になるから,オシャブリのシャブ」という説も紹介されていますが,こじつけと断じて良いと思います。

*9:前掲https://dl.ndl.go.jp/pid/12644072/1/269

*10:中田昌秀 著『笑解現代楽屋ことば』,湯川書房,1978.10. 国立国会図書館デジタルコレクション

*11:https://dl.ndl.go.jp/pid/12006705/1/13

*12:桃園書房 [編]『小説club』33(12),桃園書房,1980-11. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/1784803/1/112

*13:https://web.archive.org/web/20221025045230/https://zorc.net/RDZorc/publications/071=Tagalog%20Slang%20Dictionary.pdf#

*14:https://ko.wikipedia.org/wiki/%EB%A9%94%EC%8A%A4%EC%95%94%ED%8E%98%ED%83%80%EB%AF%BC

*15:『大日本製薬六十年史』,大日本製薬六十年史編纂委員会,1957. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/2426462

*16:清水健太郎氏の発言がミーム化したもの。Twitterで「なんでお嬢様言葉なの?」と指摘を受けたことがあります。

*17:山科樵作 著『三共茶ばなし : 正佐久随筆』,三共,1952. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/2424400

*18:『日本医師会雑誌』32(8),日本医師会,1954-10. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/3355541

*19:前掲『大日本製薬六十年史』https://dl.ndl.go.jp/pid/2426462/1/100

地面師裁判例たち

はじめに,自己紹介

 法務系 Advent Calendar 2024をご覧のみなさん,こんばんは。刑裁サイ太です。
adventar.org
 12月19日の記事は「地面師裁判例たち」です。


 当職こと,架空の判例を作ったり実際の判例を調べたりして同人誌の読者を騙して小金をせしめる判例師をしています。
 ほぼ同業とみなせる「地面師」を主人公にしたドラマ「地面師たち」が今年,注目を集めました。
 そう考えてみると地面師の裁判例がまとめられているのは見たことがない,ということで判例師が動き出しました。
 最もフィジカルで,最もプリミティブで,そして最もフェティッシュなやり方でいかせていただきます。
 テテーン(Netflixの起動音)

阪高判令和4年12月8日ウエストロー等

 言わずと知れた「積水ハウス地面師詐欺事件」である。ドラマ「地面師たち」の元ネタになった事例である。
 事案の内容はもはや言及するまでもなかろう。
 本件を巡っては多くの裁判例が存在する。
 たとえば標題の裁判例は,積水ハウスの経営陣に対する株主代表訴訟である。
 また,「大阪高決令和元年7月3日判タ1466号96頁」は,その株主代表訴訟中に,調査報告書について文書提出命令が認容された決定に対する抗告が棄却された事例である。
 このほか,刑事事件として以下がある。
東京地判令和2年5月29日ウエストロー
東京地判令和2年3月17日ウエストロー
東京地判令和元年11月12日ウエストロー(これのみ,判例秘書・D-1Lawには未登載)
東京地判令和元年7月17日ウエストロー
 これらの事件に対する言及は他媒体では見かけなかったように思われるので紹介する次第である。

東京地判令和4年6月10日ウエストロー

 弁護士から依頼者に対する報酬請求事件。
 委任の内容は多数に及ぶが,このうち,被告の地面師事案の刑事弁護については被疑者段階,1審,2審,保釈手数料の報酬と実費の合計169万4260円の請求が認められた。

東京地判令和3年2月16日ウエストロー

 妻が,夫と不貞行為を働いたクラブのホステスに対して慰謝料を求めた事案。
 地面師関係ないやろと思われるかもしれないが,この夫が地面師事件で起訴されていたという話。
 夫は逮捕勾留を経て起訴後に保釈され,再逮捕,再保釈,再々逮捕等で出たり入ったりを繰り返したが,その間を縫ってホステス宅に居住していたことなどから70万円の慰謝料を認容した。

東京地判平成31年3月20日ウエストロー

 地面師詐欺により土地の購入代金を詐取された原告会社が,前々主と前主との間の売買契約に関与した弁護士がなりすましを看過したとして,同弁護士を被保険者とする弁護士賠償責任保険の保険者に対して,同弁護士に対する不法行為に基づく損害賠償請求権に基づいて転付命令を受けて保険金請求をした事例。
 同弁護士が当該業務について事務員に自己の名義を利用させて業務を行わせるという非弁行為という犯罪行為を行っていたので,「弁護士の資格に基づいて遂行した弁護士業務」には当たらず,免責事由たる「犯罪行為に起因する損害」に該当するとして請求を棄却した。
 ・・・色々とぶっ飛んでいて理解が困難。


東京地判平成31年2月26日判タ1474号228頁

 地面師詐欺事案において,司法書士に対して本人確認義務違反が認められた事例。
 「鹿児島市においてその日に発行された印鑑証明書を,その日の午後2時に東京都内の事務所に持参していること」等から地面師事案であることは見抜けたとして請求認容。同司法書士は本人確認義務の不徹底や事務員に業務丸投げで懲戒を受けていて,なんというか・・・。
 なお,「原告代表者を詐称する氏名不詳の人物(以下「本件地面師」という。)」という面白定義が登場する。

東京地判平成27年12月22日ウエストロー

 被告三井住友銀行が小切手判決に対して異議を申し立てた事案。
 被告銀行は,小切手の所持人たる原告は地面師グループに直接関与しており割引により取得していないか,割引による取得時に詐取されたものであることを知っていたと主張した。
 裁判所はいずれも認めず,認可(要するに請求認容)した。小切手法の復習にもってこいな事案。なんで被告銀行の主張が抗弁になるんでしたっけ・・・?


東京地判平成26年5月30日ウエストロー

 弁護士が途中で委任契約を解除した依頼者に対して,解除までの委任報酬を請求した事案。
 依頼事件の相手方会社の代表が地面師グループのリーダー的存在であること等,委任事件が困難であったこと等を主張した。
 しかし,裁判所はそのこと自体では委任事務は困難になっていない等と判断して,相当な委任報酬額を認定した。


大阪地判平成22年7月8日裁判所HP

 地面師事案について,詐欺の故意が否定され,無罪判決が言い渡された事例。
 本件の被告人は,「地主に成りすました82歳のおじいちゃん」である。
 司法警察員面前調書(KS),検察官面前調書(PS)において,故意を自白していたが,KSは任意性に疑いがある,PSは任意性は認められるとしても内容が不自然不合理であり信用できないと判断された。
 その上で,主犯格である共犯者の供述は信用できないと判断するなどして無罪を言い渡した。
 ・・・ぶっちゃけ,ドラマ「地面師たち」は未見なんですが(爆),ドラマだとおじいちゃんの認識はどうだったんですか?

阪高判平成16年12月21日判タ1183号333頁

 処分権限のない他人名義土地を担保とした融資金名下に金員を詐取し,あるいは詐取しようとした地面師詐欺の刑事事件。
 控訴審である本件では,詐欺罪の既遂時期が問題となった。
 原審は,騙取金が地面師グループが作成した偽名口座に振り込み送金させた時点で既遂になるとしつつ,検察官がその偽名口座から払い戻しを受けた時点で既遂になると主張していたこと等からその時点で既遂になったことを前提として法令を適用した。
 控訴審では,前者の見解が正しく,原審には法令の解釈適用に誤りがあるとしたが,結論には影響はないとした。

東京高判平成14年12月10日訟月50巻3号888頁

 ここから国家賠償事案3連発。
 地面師が偽造された登記済証等を交付するなどして現金を詐取された事案について,登記官が偽造を発見すべきであったのにしなかったことを理由とする国家賠償請求の事案。
 「偽造登記済証に登記済印番号が記載されていないこと、登記済印番号の制度が偽造の登記済証による登記を防止するために平成8年12月1日に導入されたものであることに照らすと、登記官には、本件偽造登記済証に登記済印番号が記載されていないことを看過して偽造であることを発見できなかった点において、審査事務に関する注意義務違反があった」として,登記官の過失を認めた。
 ただ,「登記実務で設定されている『調査完了日(6営業日後)』の翌日の『補正日』までに却下すべきであった」という義務が観念されており,この補正日以前に生じた損害(約3億円の請求額のうちの大部分)は義務違反と因果関係がないとして棄却した。


東京地判平成4年12月18日判例時報1480号99頁

 登記簿謄本(!)を偽造して抵当権設定をさせて金銭を騙取した事件について,登記簿謄本の偽造を許した登記官吏の過失を認めて国家賠償を認容した事例。
 登記簿謄本の偽造は,登記所において「閲覧申請を装い、本件簿冊をアタッシュケースに入れて持ち出し、その後、他の登記簿冊に紛れさせて本件簿冊を戻すという形で行われた」と認定されている。
 「本件登記所が超繁忙庁であり、本件不正行為が特に繁忙を極める土曜日の午前一〇時頃に行われたことを考慮すると、時間的、物理的制約の下で、右確認あるいは禁止を徹底させることは一面難きを強いる面があることを否定できない」としつつ,「アタッシュケース等の閲覧席への持込みを禁止すること及び欠落している登記簿冊がないことの確認(貸出簿冊と返却簿冊の照合など)が十分に行われていれば、本件不正行為を防止することは可能であったものと認められる」として,過失を認めている。
ただ,被害に遭った不動産業者も,紹介案件とはいえ初めての取引相手への融資にあたって時価の調査をしただけで,即日融資を決めて2日後に実行しており,初歩的な確認作業を講じていれば防止できたとして,9割の過失相殺が認められた(控訴審の東京高判平成6年1月25日登記先例解説集401号390頁で8割に変更された。)。
これもぜひドラマ化してほしい。

最一小判昭和43年6月27日民集22巻6号1339頁

 地面師が偽造された登記済証,印鑑証明書,委任状を登記官吏に提出し,偽造を見抜けずに登記がされてしまった事案。
偽造された登記済証は昭和22年9月6日付けのもので「東京区裁判所麹町出張所受付」と記載されていたところ,当時の管轄登記所の名称が「東京司法事務局麹町出張所」であった。
 最高裁は「登記官吏は容易に右登記済証が不真正なものであることを知りえたはずであり、かかる審査は登記官吏として当然なすべき調査義務の範囲に属する旨の原審の判断は正当」と断じて登記官吏の過失を認め,国賠請求を認容した。
 書証の形式面から偽造が発覚することがあるとよく言われることがあるが,それを地で行く判例である。

東京地判平成24年7月23日ウエストロー

 地面師詐欺の被害者が,司法書士と不動産仲介業者に対して,それぞれ調査義務・注意義務違反があったとして損害賠償を求めた事案。
 本人確認業務は不動産仲介業者の職域ではないとして不動産仲介業者に対しては義務違反を認めず,司法書士に対しては義務違反を認めた。
 司法書士の義務違反については仔細な検討が加えられている。
 免許証や印鑑証明は公証人すらも見抜けなかった(!)という事実が認定されている一方で,権利証上の登記所が管轄違いであったことは容易に気づけたことが認定されている。
 これも前掲判例と同様,書証の形式面の検討の重要性を教えてくれる事例である。


結びに代えて-リーガルリサーチの技術伝承の観点から

 今回の各裁判例は,単純に各判例検索システムを「地面師」で叩いて面白そうなものをピックアップしたものです(見た裁判例は合計100件程度)。
 なぜか調べ始めるとすぐに面白事案が見つかってしまうという個人技能以外の特殊な技能は使っていませんので,本記事程度のリサーチは達成難度G(易しい)です。

弁護士バッジのひまわりの意味(2)-なぜひまわりが正義の象徴とされるのか?

はじめに

 前回のnoteの続きです。
note.com
 今回は「なぜひまわりが正義の象徴とされるのか?」を深掘りします。
 今回は脚注が使えるはてなブログでやるお( ^ω^)*1

ひまわりは正義の象徴か

日弁連の見解

 前回見たとおり,日弁連は当初はひまわりを「正義の象徴」としていました。昭和24年時点の見解がこれでした。

向日葵は,外国でもSun flowerといって称賛されてゐるもので,これは正義の象徴であり中央の秤は衡平の象徴である。即ち,この記章は「弁護士の象徴」としてもっともふさわしいものであって意匠も亦頗る優美なものである。
「弁護士の記章について」 『辯護士法公布記念録』(昭和24年8月 日本辯護士連合會)

 ですが,①なぜ「外国でもSun Flowerと呼ばれていること」が「称賛」されてゐることになるのか。②なぜ正義の象徴なのか。よく分かりません。
 ①は,太陽のイメージを持たせられることが称賛に繋がる的な発想でしょうか。なんとなく分かるような分からないような。
 ②に至っては根拠も何も提示されておらず,これだけではその根拠は不明というほかありません。


 日弁連の昭和60年の段階の見解では

太陽に向って明るく力強く咲くひまわりは,正義に輝く象徴で,自由の羽ばたきを連想させ,傾斜を敏感に表示するはかりは,公正,平等の心がけを求めています。自由と正義,公正と平等という弁護士の仕事のモットーをあらわしているわけです。
パンフレット「弁護士ってなんだろう」目次 日本弁護士連合会 昭和60年5月20日

となっていますが,やはり根拠が不明確と言わざるを得ません。
 しかも,これが昭和24年当時の説と同一である保証は一切ありません。

ひまわりの花言葉

 花が何かの象徴であるということで真っ先に想像するのが花言葉です。
 ただ,花言葉を公認する機関などはなく,国や時代によっても変化したりします。本数や色,大きさ等によっても意味が異なってくることもあります。
 現在,ひまわりの花言葉として挙げられているものを調べますと,
 「あなたを見つめる」「光輝」*2「憧れ」「あなただけを見つめる」「愛慕」「崇拝」*3「偽りの富」「にせ金貨」*4などがありました。*5
 色々ありましたが,「正義」とするものは一つもありませんでした。


 時代によって変わることも考えられるので,昭和24年に近い時期の文献を探しましょう。
 昭和25年の文献では以下のとおりでした。

鈴木重雄 著 ほか『花言葉物語』18頁,あかね書房,昭和25. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/1339292

敬い慕う。素敵。

吉津良恭 著『新選花言葉集』174頁,タキイ種苗出版部,1950. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/1162462

大輪種 あなたは素晴らしい 小輪種 崇拝・敬慕

 ということで,現在のものと似たようなものが流布していたようですが「正義」は出てきません。この世に正義はなかったのでしょうか。

正義の花言葉を持つ花

 逆に,「正義」の花言葉を持つ花はいくつか存在します。
 ウェブサイトで花言葉を「正義」で逆引きすると,ホタルブクロ,リンドウ,ルドベキアが引っかかります。

https://www.sakaseru.jp/tools/flower-language/search-by-flower-language?flower_language=%E6%AD%A3%E7%BE%A9

 このうち,ルドベキアという花,ヒマワリに似ていませんか?


 念のため,昭和25年頃のルドベキア花言葉も調べます。

吉津良恭 著『新選花言葉集』172頁,タキイ種苗出版部,1950. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/1162462

ルドベキア 不変・不倒正義

川村秀雄 著『草花の作り方 : 四季園芸』72頁,大洋社,昭和13. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/1031471

ルドベキア 正義

 ということで,昭和25年頃にもルドベキアは正義という花言葉でした。


 そうすると,「もしかして勘違いしたんじゃ・・・?」*6 という疑念が湧いてくるので,ちょっとルドベキアを深掘りします。

正義の花言葉を持つルドベキアについて

 さて,このルドベキアという花ですが,厳密には属名で,ルドベキア属(オオハンゴンソウ属)の花の総称です。
 ただ,戦前にルドベキアの名前で栽培されていたものを和名でオオハンゴンソウと呼ぶようなので*7,ここでいうルドベキアオオハンゴンソウという種を指すということでよいと思います。


 そしてこのルドベキアことオオハンゴンソウをモチーフにした図柄を採用した組織があります。
 裁判所です。
 「裁判所制度100周年記念 5,000円銀貨幣」をオオハンゴンソウをモチーフに作っていて,花言葉で「公正・正義」を表すって言っちゃってます*8

図柄(表) 大法廷
図柄(裏) 大はんごん草 (キク科)と職員マーク:花言葉で公正、正義を表す
https://www.mint.go.jp/popup/data_kinen_page18.html

 裁判所もルドベキアが正義だと言っています。しかも弁護士バッジと同じ造幣局謹製です。


 「正義という花言葉を持ち,同じキク科で,似た花を咲かせるルドベキアとヒマワリとを混同したのではないか。」という仮説が真実味を帯びてきました。
 しかし,そんな簡単に混同するのでしょうか。しそうな気もしますが。

 

ルドベキアが向日葵の一種であるという文献

 今回,色々と調べていたところ,ルドベキアが向日葵の一種であるとする文献がありました。

長谷川泰 原譯『植物綱目』40頁,文部省,[1879]. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/1911253

之(註:第19綱第3目という分類)に属する者は向日葵なり 又「ルドベキア」「コレヲプシス」等の如く同形の花を開く者は即向日葵に属す

 これは「百科全書」という文献です。フランスの「百科全書派」が著した「百科全書」ではなく,1873年から日本の文部省が随時刊行したものです。
 イギリスの"Chambers’s Information for the People"という百科事典を翻訳したもので,かの箕作麟祥*9の差配のもと,作業が進められました。
 この「百科全書」の「植物綱目」という巻では,分類学の父と呼ばれるスウェーデンの学者カール・フォン・リンネの分類を紹介するものになっています。
 リンネは1753年に『植物の種』を著して植物を分類しています。これを踏襲した「百科全書」の「植物綱目」では,ルドベキアも向日葵に属するとされています*10
 ルドベキアは総称であるのにオオハンゴンソウという種そのものとよく混同されています。そうすると,(かつて)ルドベキアがひまわりの一種とされていたことから,ルドベキアとひまわりと混同してしまったとしてもやむを得ないように思われます。
 そして,この「百科全書」は丸善有隣堂などからも出版されており,本棚に飾る目的で当時の弁護士が購入していたことも容易に想像できます*11

結論

 以上から,「ひまわりが正義の象徴」とされる点については,「ルドベキア花言葉は『正義』とされていたところ,当時はルドベキアはひまわりの一種という考え方があり,見た目も似ていることから混同し,当時の弁護士がひまわりの花言葉が正義であるかのように誤認して,そんな事情も知らない昭和60年に日弁連が新たな解釈を付け加えてそれっぽく体裁を整えたので,誰も指摘しないまま今に至る」というのが限りなく真相に近いものと考えます。

補論

ルドベキアはどうして正義なの?

 ところで,ルドベキアが正義とされるのはどうしてでしょうか。
 ルドベキアという花の名前は,ルードベック親子(親子ともに学者)にちなんでいます。命名したのは,何を隠そう前掲カール・フォン・リンネその人です。リンネはルードベック親子の子の方であるオロフ・ルードベックに師事しており,それにあやかってルドベキアと名付けたようです*12
 そして,「ルードベックが研究に対して公正・誠実な態度であったことから,その名を持つルドベキア花言葉も正義とか公正とかになった」と言われています。ただ,スウェーデン語の文献を含め色々探しましたが根拠は見つかりませんでした。リンネがルードベック親子を称賛していたっぽいところまではたどり着いたのですが,研究に対する態度には特に言及してなかったんですよね。
 ただ,「公正・誠実」から「正義」への移行は,もともとfairness(公正・公平)だったのが伝聞や訳出を繰り返すうちに,いつしかjustice(公平・正義)になったと考えるとごく自然な流れだったと推察できます。
 なお,花言葉の流行に一役買った19世紀末のグリナウェイ著"Language of flowers"にもルドベキア花言葉はjusticeとあるので,日本で発生した謂われではないことまでは確実そうです。

https://archive.org/details/languageofflower00gree/page/36/mode/2up

 まあ,典拠不明ながらも,「名前の元になった研究者の研究態度が公正だった」というストーリーは,「太陽に向って明るく力強く咲くひまわりは,正義に輝く象徴で」とかいう意味不明な由来よりよっぽど合理的で納得できるように思います。

結びに代えて-本稿で最も伝えたかったこと

 ということで,弁護士たちは,結局のところ,ルドベキア,特にオオハンゴンソウを正義の象徴として持ち上げているわけです。
 しかし・・・

8 Rudbeckia laciniata(オオハンゴンソウ) 根
特定外来生物による生態系等に係る被害の防止に関する法律施行令 別表第三 8項
https://laws.e-gov.go.jp/law/417CO0000000169/20230901_505CO0000000253

 このように,オオハンゴンソウは国から特定外来生物に指定されています*13
 特定外来生物を正義の象徴として持ち上げてる弁護士クソワロタwwwwwwwww

*1:「記事を書く」から下書きに飛べないのでnoteでやってたんですが・・・。

*2:https://www.hibiyakadan.com/lifestyle/z_0104/

*3:https://hanaprime.jp/language-flower/sunflower/

*4:https://minne.com/mag/articles/2743?srsltid=AfmBOoqnnYJwqBOnAWvVf08_t24hB28toEYRyZMekoVuz87M6koXPpMb

*5:「あなたを見つめる」「愛慕」「崇拝」「憧れ」あたりはギリシャ神話のクリュティエとアポロンの悲恋の話から来ていることは容易に理解できます。「偽りの富」「にせ金貨」はスペインによるペルー侵略の際に,ヒマワリを象った黄金の装飾品が奪われたやら,黄金に見えたが価値のないただのひまわりだったやらのエピソードがあるようで,それも理解はできます。

*6:前回までの調査ではこの勘違いの可能性のみを指摘するのに留まりましたが,以下はその後の調査により判明した事実です。

*7:日本花卉園芸協会 編『新花卉』(152)65頁,タキイ種苗出版部,1991-11. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/1781501

*8:ご丁寧にも当時の文献で,「ルドベキア・ラシニアータ(※註:種としてのオオハンゴンソウの学名)」として種も確定してくれています。財務省 編『ファイナンス : 財務省広報誌』26(7)(299)39頁,財務省,日経印刷 ,1990-10. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/2798644

*9:権利,義務,動産,不動産などの訳語を作り,constitutionを憲法と訳した人です。どうか名前の読み方も覚えてください。

*10:リンネの『植物の種』の原典(ラテン語)でも,ヒマワリ(helianthus)の次にルドベキア,その次にコレオプシスが来ています。https://www.biodiversitylibrary.org/page/358927#page/348/mode/1up

*11:ただ,昭和25年の段階でリンネの分類が維持されていたかどうかは分かりませんでした。現在ではキク科>キク亜科>ヒマワリ属,ルドベキア属と別々の属に分けられています。あるいは過去のものになっていた可能性もありますが,まあ弁護士だからいちいち調べなかったと思います(爆)。

*12:スウェーデン国立公文書館所蔵の文献があります。https://sok.riksarkivet.se/sbl/Presentation.aspx?id=6985

*13:なお,オオハンゴンソウ政令により特定外来生物に指定されたのは2005年12月14日(2006年2月1日施行)です。「表向きにヒマワリとしているのは特定外来生物が由来なのがバレると恥ずかしいから」という説は棄却されます。