刑裁サイ太のゴ3ネタブログ

他称・ビジネス法務系スター弁護士によるニッチすぎる弁護士実務解説 TwitterID: @uwaaaa

地面師裁判例たち

はじめに,自己紹介

 法務系 Advent Calendar 2024をご覧のみなさん,こんばんは。刑裁サイ太です。
adventar.org
 12月19日の記事は「地面師裁判例たち」です。


 当職こと,架空の判例を作ったり実際の判例を調べたりして同人誌の読者を騙して小金をせしめる判例師をしています。
 ほぼ同業とみなせる「地面師」を主人公にしたドラマ「地面師たち」が今年,注目を集めました。
 そう考えてみると地面師の裁判例がまとめられているのは見たことがない,ということで判例師が動き出しました。
 最もフィジカルで,最もプリミティブで,そして最もフェティッシュなやり方でいかせていただきます。
 テテーン(Netflixの起動音)

阪高判令和4年12月8日ウエストロー等

 言わずと知れた「積水ハウス地面師詐欺事件」である。ドラマ「地面師たち」の元ネタになった事例である。
 事案の内容はもはや言及するまでもなかろう。
 本件を巡っては多くの裁判例が存在する。
 たとえば標題の裁判例は,積水ハウスの経営陣に対する株主代表訴訟である。
 また,「大阪高決令和元年7月3日判タ1466号96頁」は,その株主代表訴訟中に,調査報告書について文書提出命令が認容された決定に対する抗告が棄却された事例である。
 このほか,刑事事件として以下がある。
東京地判令和2年5月29日ウエストロー
東京地判令和2年3月17日ウエストロー
東京地判令和元年11月12日ウエストロー(これのみ,判例秘書・D-1Lawには未登載)
東京地判令和元年7月17日ウエストロー
 これらの事件に対する言及は他媒体では見かけなかったように思われるので紹介する次第である。

東京地判令和4年6月10日ウエストロー

 弁護士から依頼者に対する報酬請求事件。
 委任の内容は多数に及ぶが,このうち,被告の地面師事案の刑事弁護については被疑者段階,1審,2審,保釈手数料の報酬と実費の合計169万4260円の請求が認められた。

東京地判令和3年2月16日ウエストロー

 妻が,夫と不貞行為を働いたクラブのホステスに対して慰謝料を求めた事案。
 地面師関係ないやろと思われるかもしれないが,この夫が地面師事件で起訴されていたという話。
 夫は逮捕勾留を経て起訴後に保釈され,再逮捕,再保釈,再々逮捕等で出たり入ったりを繰り返したが,その間を縫ってホステス宅に居住していたことなどから70万円の慰謝料を認容した。

東京地判平成31年3月20日ウエストロー

 地面師詐欺により土地の購入代金を詐取された原告会社が,前々主と前主との間の売買契約に関与した弁護士がなりすましを看過したとして,同弁護士を被保険者とする弁護士賠償責任保険の保険者に対して,同弁護士に対する不法行為に基づく損害賠償請求権に基づいて転付命令を受けて保険金請求をした事例。
 同弁護士が当該業務について事務員に自己の名義を利用させて業務を行わせるという非弁行為という犯罪行為を行っていたので,「弁護士の資格に基づいて遂行した弁護士業務」には当たらず,免責事由たる「犯罪行為に起因する損害」に該当するとして請求を棄却した。
 ・・・色々とぶっ飛んでいて理解が困難。


東京地判平成31年2月26日判タ1474号228頁

 地面師詐欺事案において,司法書士に対して本人確認義務違反が認められた事例。
 「鹿児島市においてその日に発行された印鑑証明書を,その日の午後2時に東京都内の事務所に持参していること」等から地面師事案であることは見抜けたとして請求認容。同司法書士は本人確認義務の不徹底や事務員に業務丸投げで懲戒を受けていて,なんというか・・・。
 なお,「原告代表者を詐称する氏名不詳の人物(以下「本件地面師」という。)」という面白定義が登場する。

東京地判平成27年12月22日ウエストロー

 被告三井住友銀行が小切手判決に対して異議を申し立てた事案。
 被告銀行は,小切手の所持人たる原告は地面師グループに直接関与しており割引により取得していないか,割引による取得時に詐取されたものであることを知っていたと主張した。
 裁判所はいずれも認めず,認可(要するに請求認容)した。小切手法の復習にもってこいな事案。なんで被告銀行の主張が抗弁になるんでしたっけ・・・?


東京地判平成26年5月30日ウエストロー

 弁護士が途中で委任契約を解除した依頼者に対して,解除までの委任報酬を請求した事案。
 依頼事件の相手方会社の代表が地面師グループのリーダー的存在であること等,委任事件が困難であったこと等を主張した。
 しかし,裁判所はそのこと自体では委任事務は困難になっていない等と判断して,相当な委任報酬額を認定した。


大阪地判平成22年7月8日裁判所HP

 地面師事案について,詐欺の故意が否定され,無罪判決が言い渡された事例。
 本件の被告人は,「地主に成りすました82歳のおじいちゃん」である。
 司法警察員面前調書(KS),検察官面前調書(PS)において,故意を自白していたが,KSは任意性に疑いがある,PSは任意性は認められるとしても内容が不自然不合理であり信用できないと判断された。
 その上で,主犯格である共犯者の供述は信用できないと判断するなどして無罪を言い渡した。
 ・・・ぶっちゃけ,ドラマ「地面師たち」は未見なんですが(爆),ドラマだとおじいちゃんの認識はどうだったんですか?

阪高判平成16年12月21日判タ1183号333頁

 処分権限のない他人名義土地を担保とした融資金名下に金員を詐取し,あるいは詐取しようとした地面師詐欺の刑事事件。
 控訴審である本件では,詐欺罪の既遂時期が問題となった。
 原審は,騙取金が地面師グループが作成した偽名口座に振り込み送金させた時点で既遂になるとしつつ,検察官がその偽名口座から払い戻しを受けた時点で既遂になると主張していたこと等からその時点で既遂になったことを前提として法令を適用した。
 控訴審では,前者の見解が正しく,原審には法令の解釈適用に誤りがあるとしたが,結論には影響はないとした。

東京高判平成14年12月10日訟月50巻3号888頁

 ここから国家賠償事案3連発。
 地面師が偽造された登記済証等を交付するなどして現金を詐取された事案について,登記官が偽造を発見すべきであったのにしなかったことを理由とする国家賠償請求の事案。
 「偽造登記済証に登記済印番号が記載されていないこと、登記済印番号の制度が偽造の登記済証による登記を防止するために平成8年12月1日に導入されたものであることに照らすと、登記官には、本件偽造登記済証に登記済印番号が記載されていないことを看過して偽造であることを発見できなかった点において、審査事務に関する注意義務違反があった」として,登記官の過失を認めた。
 ただ,「登記実務で設定されている『調査完了日(6営業日後)』の翌日の『補正日』までに却下すべきであった」という義務が観念されており,この補正日以前に生じた損害(約3億円の請求額のうちの大部分)は義務違反と因果関係がないとして棄却した。


東京地判平成4年12月18日判例時報1480号99頁

 登記簿謄本(!)を偽造して抵当権設定をさせて金銭を騙取した事件について,登記簿謄本の偽造を許した登記官吏の過失を認めて国家賠償を認容した事例。
 登記簿謄本の偽造は,登記所において「閲覧申請を装い、本件簿冊をアタッシュケースに入れて持ち出し、その後、他の登記簿冊に紛れさせて本件簿冊を戻すという形で行われた」と認定されている。
 「本件登記所が超繁忙庁であり、本件不正行為が特に繁忙を極める土曜日の午前一〇時頃に行われたことを考慮すると、時間的、物理的制約の下で、右確認あるいは禁止を徹底させることは一面難きを強いる面があることを否定できない」としつつ,「アタッシュケース等の閲覧席への持込みを禁止すること及び欠落している登記簿冊がないことの確認(貸出簿冊と返却簿冊の照合など)が十分に行われていれば、本件不正行為を防止することは可能であったものと認められる」として,過失を認めている。
ただ,被害に遭った不動産業者も,紹介案件とはいえ初めての取引相手への融資にあたって時価の調査をしただけで,即日融資を決めて2日後に実行しており,初歩的な確認作業を講じていれば防止できたとして,9割の過失相殺が認められた(控訴審の東京高判平成6年1月25日登記先例解説集401号390頁で8割に変更された。)。
これもぜひドラマ化してほしい。

最一小判昭和43年6月27日民集22巻6号1339頁

 地面師が偽造された登記済証,印鑑証明書,委任状を登記官吏に提出し,偽造を見抜けずに登記がされてしまった事案。
偽造された登記済証は昭和22年9月6日付けのもので「東京区裁判所麹町出張所受付」と記載されていたところ,当時の管轄登記所の名称が「東京司法事務局麹町出張所」であった。
 最高裁は「登記官吏は容易に右登記済証が不真正なものであることを知りえたはずであり、かかる審査は登記官吏として当然なすべき調査義務の範囲に属する旨の原審の判断は正当」と断じて登記官吏の過失を認め,国賠請求を認容した。
 書証の形式面から偽造が発覚することがあるとよく言われることがあるが,それを地で行く判例である。

東京地判平成24年7月23日ウエストロー

 地面師詐欺の被害者が,司法書士と不動産仲介業者に対して,それぞれ調査義務・注意義務違反があったとして損害賠償を求めた事案。
 本人確認業務は不動産仲介業者の職域ではないとして不動産仲介業者に対しては義務違反を認めず,司法書士に対しては義務違反を認めた。
 司法書士の義務違反については仔細な検討が加えられている。
 免許証や印鑑証明は公証人すらも見抜けなかった(!)という事実が認定されている一方で,権利証上の登記所が管轄違いであったことは容易に気づけたことが認定されている。
 これも前掲判例と同様,書証の形式面の検討の重要性を教えてくれる事例である。


結びに代えて-リーガルリサーチの技術伝承の観点から

 今回の各裁判例は,単純に各判例検索システムを「地面師」で叩いて面白そうなものをピックアップしたものです(見た裁判例は合計100件程度)。
 なぜか調べ始めるとすぐに面白事案が見つかってしまうという個人技能以外の特殊な技能は使っていませんので,本記事程度のリサーチは達成難度G(易しい)です。