刑裁サイ太のゴ3ネタブログ

他称・ビジネス法務系スター弁護士によるニッチすぎる弁護士実務解説 TwitterID: @uwaaaa

謎解き判例百選

本ブログの趣旨

 本ブログ記事は,「体験型イベント Advent Calendar 2016」の12月9日分として公開するものです。山本諒さん(@Ryo24)さん,貴重な機会をご提供いただき,ありがとうございます。
www.adventar.org

 また,本ブログ記事の完全版をC91で頒布する,現在執筆中の【大嘘判例八百選第7版】に掲載する予定です。

はじめに-自己紹介を兼ねて

 謎クラスタの方向けにまずは自己紹介させていただきます。
 刑裁サイ太と申します。弁護士をしております・・・と書くといきなりドン引きされてしまいそうですが,本業はむしろTwitter芸人です^^


 上記ツイートを見ていただけると人間性が分かっていただけるかと存じます。笑

 おもしろ判例検索をライフワークにしており,判例検索の成果や普段のネタツイートをまとめた同人誌【大嘘判例八百選】を年2回発行しています。

 そのほか,プライベートでは幼少の頃よりパズルが好物です。司法試験の合格待ちの間にはJAPAN MENSAに入会した上,法科大学院入試の適性試験のパズル問題を作問するバイトをしておりました。同人誌にもたまに自作謎*1を掲載しています。

 初めて謎解きイベント*2に参加したのは,2013(平成25)年の「リアル脱出ゲーム」であったと記憶しております。それ以来,ドはまりしております。時間の関係上,ほぼ「リアル脱出ゲーム」に限って参加しておりますので,まだ通算回数3桁には到達していない程度の戦歴です*3

 ○○○○○○○と○○した○○○○,「無罪」のびろーんを持ってダッシュしていたリアル弁護士,アンケートが引用されていたリアル弁護士といえば,関係者には伝わるかも知れません。

 さて,そんな私ですので,今回は「謎解き判例百選」と題して,「謎解き」に関係しそうな判例を調査してみました。面白事案から謎作り・謎解きイベント開催に当たって参考になりそうな事案まで,色々なものが集まりましたので,ぜひ謎クラスタの皆さんにもお届けしようと思い,本アドベントカレンダー企画に(場違いながらも)参加させていただきました。

 ではさっそくみていきましょう!

「リアル脱出ゲーム」というフレーズが登場する(現時点では)唯一の裁判例(東京地判平成27年4月8日判例時報2271号70頁)

www.youtube.com

 まずは「謎解き」イベントの元祖たる,「リアル脱出ゲーム」が登場する事案から紹介します。

 被告が運営する某有名国産SNSの会員であった原告が,被告から規約違反を指摘されて会員資格を停止されたことを不服として,被告に対して,会員資格を停止されたことに対する慰謝料とポイントが失効した経済的損失を求めた事案です。被告が指摘した規約違反の内容に,「リアル脱出ゲーム」が登場します。

 もともと,このSNSの規約では,「面識のない異性との出会い等を目的として利用する行為」が禁止行為とされていました。

 そのような中,原告は,「屋外参加型のイベント(リアル脱出ゲームと称されるもの)について,不要なチケットがあったら譲り受けたい」旨のメッセージを送り,それに反応した連絡者との間でメールのやりとりをして,実際に池袋で会う約束をしています。原告が女性,連絡者が男性であったことから,これを被告が問題視して,アカウントを停止したという事実関係です。

 原告は,チケットを譲る目的で連絡をしたのであって,出会い目的ではないと主張しました。しかし,裁判所は,禁止事項は男女間の交際を目的とする出会いに限定されているものではなく,本件のような場合も禁じていると解されるなどとして,原告の請求を棄却しました。裁判所の論理は「文言上限定がないから出会い目的は全部ダメ」というものですが,それと似た「やっちゃダメとは書いてないからやってOK」みたいな謎解きイベント,結構ありますよね。


 で,謎クラスタとしては,この公演が何の公演だったのかが気になりますよね!? 判決文によれば,2012(平成24)年11月「17日に行われる屋外参加型のイベント(リアル脱出ゲームと称されるもの)」とされています。

  リアル脱出ゲームの公式サイト下部にあるGoogleカレンダー機能が地味に素晴らしく,2011(平成23)年まで遡って公演を調べることができます。これを使ってこの日を調べると・・・
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 「【札幌公演】からくり館からの脱出」
 「ハローキティ謎解きプロジェクト ピューロ魔法学園へようこそ!」
 「どうしてこうなったシリーズvol.1『僕たちが誘拐犯になった理由』」

の3つが行われていたようです。というか,こんな公演あったんですね・・・!

 池袋での受け渡しであることから札幌公演である「からくり館からの脱出」は否定され,屋外参加型であることから,原宿ヒミツキチで行われた「僕たちが誘拐犯になった理由」も否定されるでしょう。

 消去法でいくと,本件で問題となったのはサンリオピューロランドで行われた「ピューロ魔法学園へようこそ!」と考えるのが自然なような気がします。今も残る
公式サイトをみると「サンリオピューロランド全体を歩き回って」との文言もありますし,屋外参加型で間違いないでしょう。ただ,「リアル脱出ゲーム」と銘打たれていない点が引っ掛かります。公式サイトにも「リアル脱出ゲーム」という表現は一切出てきません*4

 そうすると,本当に「リアル脱出ゲーム」だったのか,という前提を疑ってみることも必要かも知れません。問題になったのは平成24年の公演,判決があったのは平成27年ですが,この種の謎解きイベントが法曹業界で市民権を得ていたかどうかは疑問の残るところです*5。ですので,母ちゃんがあらゆるゲームのことを未だに「ファミコン」と呼ぶのと同様の可能性も排除できません。謎クラスタの方々には,そういった可能性を模索しつつ,ぜひとも何の公演だったのか,謎を解いていただければと思います。

 さてさて,チケットの転売を巡ってこんな裁判があったというわけです。音楽業界を中心に,今,チケットの転売問題がクローズアップされています。ただ,本裁判例は転売自体の是非について判断するものではないことに注意が必要です。

 なお,原典に当たりたい方は,学生さんなんかでしたら大学図書館で「判例時報」という雑誌の2271号を探してみてください。

パズルの著作権(東京地判平成20年1月31日裁判所HP)

 次にご紹介するのは,パズルの著作権が争われた事件です。

 これだけ謎解きイベント制作団体が増えてきて,謎解きイベントが増えてくると,同じような謎が出題されるケースも増えてくるでしょう。そういった場合の権利関係を考えるのに当たって重要な裁判例であるといえるでしょう。

 パズル作家である被告が出版したパズル本に,同様にパズル作家である原告の出版したパズル本に掲載されていたパズルのうち12問が掲載されていたとして,著作権(具体的には複製権・翻案権等)を侵害するとして提訴した事件です*6

 結論を先に述べると,一部のパズルについては原告に著作権を認め,それが複製・翻案されていたとして,著作権侵害を認めました。

 そもそも著作権が発生する「著作物」はどのようなものなのでしょうか。著作権法2条1項1号では,著作物とは,「ア 思想又は感情を イ 創作的に ウ 表現したものであって,エ 文芸,学術,美術又は音楽の範囲に属するもの」をいうとされています。このアイウエという小謎?をクリアしたものが著作物とされます。このうち,本件訴訟では,「イ 創作的に」,「ウ 表現したもの」という小謎が問題となりました。

 本裁判例は以下のように判示しました。

 数学の代数や幾何あるいは物理の問題とその解答に表現される考え方自体は,アイデアであり,これを何らかの個性的な出題形式ないし解説で表現した場合は著作物として保護され得るとしても,数学的ないし物理的問題及び解答に含まれるアイデア自体は著作物として保護されないことは当然である。
 このことは,パズルにおいても同様であり,数学の代数や幾何あるいは物理のアイデア等を利用した問題と解答であっても,何らかの個性が創作的に表現された問題と解答である場合には,著作物としてこれを保護すべき場合が生じ得るし,これらのアイデアを,ありふれた一般的な形で表現したにすぎない場合は,何らかの個性が創作的に表現されたものではないから,これを著作物として保護することはできないというべきである。

 まず,「ウ 表現したもの」といえるか,という点について「単なるアイデア著作物として保護されないが,それを表現したものは著作物として保護される。」としています*7

 そして,「イ 創作的」といえるか,という点について,「何らかの個性が創作的に表現された問題と解答である場合には著作物として保護されるが,ありふれた一般的な形で表現したにすぎない場合は著作物として保護されない。」としました。

 本裁判例では,上記を前提に,具体的なパズルについて,「創作的といえるか」と複製・翻案しているかを検討していき,3問について,複製権・翻案権侵害を認めました。

 本裁判例を整理すると,『パズルのアイデア自体は著作物ではないので保護されないが,個性が創作的に表現されたパズルは保護される。』ということになります。もっと具体的に言えば,次のようになるでしょうか。

 ゲームやパズルのルールなどはアイデアとしてそれ自体は保護の対象とはなりません。
言葉を二つのカテゴリに分ける。『ある』カテゴリには共通して特定の文字が隠されていたり,特定の言葉が付いたりする。『ない』カテゴリはそのようなことがない。いくつかの単語をカテゴリに分け,『ある』カテゴリのルールを発見させるクイズ*8
中央の□に,□の上下左右に配置された4つの漢字と矢印の向きで繋げて読むと熟語ができるような漢字を入れるパズル*9
マスを数字で埋めるパズル。所定の黒マス以外の全てのマスに数字を入れる。数字はちょうどその数の分だけタテヨコに繋がる*10」といったパズルのルール自体は著作物ではなく,保護の対象ではありません。どんなに独創的なパズルのルールを閃いたとしても,それ自体は保護されないのです。

 そして個性が創作的に表現されていないと保護されません。ですので,アイデアをそのまんま無個性に表現するような場合,裁判例で紹介されている例を挙げると,「漢数字の一はマッチ棒1本,漢数字の十はマッチ棒2本,漢数字の千はマッチ棒3本で作れる」というアイデアから,「『1000-1=10』『10-1=1』が成り立つ場合」を答えさせるような問題は,一般的な表現方法であるとされて,創作的な表現とはされず,著作物として保護されません。

 これが,

       悪      
       ↓
     無→□→務
       ↓
       事

というパズルになってくると「和同開珎」というアイデアを,□に入る漢字を想定して,無数にある熟語からなるべく解きにくいように創作的に配置していると言える*11ようになってくるため,著作物性が認められやすくなってくると思われます。


 書いているうちにクッソ難しい話になってしまいましたが,ここではとりあえず「パズルのルールそのものは著作物ではないが,表現されたパズルには著作権が認められる場合がある。」という豆知識レベルで押さえておけばOKです。

 ただ,謎制作者として最も気なるところは,「どこまでがセーフで,どこからがアウトか」という話ですよね。そうなってくると複製権との関係で依拠性なんかも検討しなければならず*12,個別具体的な事案を見てみないと判断がつきません。上述のとおり「アイデアか,(創作的な)表現か」という判断枠組みを持っておいていただければ大丈夫だとは思います。


 ところで,近年では,本件のような知的財産法に関する裁判例は積極的にネットで公開されています。ご多分に漏れず,この判決もネット上に公開されています。実際のパズルも見られますよ。

 直リンクはこちら。
裁判所 | 裁判例情報:検索結果詳細画面

 なお,法律専門家向けに言うと,この事件の・・・(続きは同人誌でね!)

続きは同人誌で!

 後日同人誌で発表するものを全部を公開してしまうのも面白くないので,本アドベントカレンダー企画との関係ではここでいったん筆を置きたいと思います。

 続きが気になる方は,コミックマーケット91の3日目,12月31日の東P-39bで頒布する「大嘘判例八百選[第7版]」をお求めください。若干の加筆修正をした上,○○の○○事件,○○ラリー事件なども掲載予定です。

 でも電源不要ゲーム日は2日目なんですよね・・・。

参考文献

岡村久道著 著作権法(新訂版)
詰将棋の著作権 - Footprints
などを参考に書きました。

免責事項

 思ったよりも法律アドバイスチックな内容にまで踏み込んでしまったので一応念のため。

 以上は私の個人的な見解であって,法的に正確であることまでは保証いたしません。ですので,本ブログ記事の情報を元に損害を被られたとしても,責任は負いかねますのであしからずご了承ください。

*1:ただし,法学部生程度の法律の知識が必要な悪問

*2:色々呼び名がありますが,以下では「謎解きイベント」で統一します。

*3:なお勝率

*4:最近の公演だとリアル脱出ゲームのロゴが必ずどこかに書いてあります。

*5:私界隈ではわりと流行している感はありますが。

*6:ぐぐると原告と被告の実名がwikipediaに出てますね。

*7:表現/アイデア二分論といいます

*8:いわゆるあるないクイズ

*9:いわゆる和同開珎

*10:海底アクア城からの脱出-番外編-の第1問

*11:クラスタならこんなの秒殺でしょうけど^^;

*12:謎解き界隈の人だと依拠性は容易に認められそうですね・・・。