刑裁サイ太のゴ3ネタブログ

他称・ビジネス法務系スター弁護士によるニッチすぎる弁護士実務解説 TwitterID: @uwaaaa

日本の刑事裁判の有罪率は本当に「99.9%」なのか

はじめに

 ということで,ついにドラマ「99.9-刑事専門弁護士-」が始まりましたね。
www.tbs.co.jp
 第1話を拝見しましたが,証人尋問のあたりの考察がしっかりとなされていて感心しました。
 また,弁護士モノのドラマ特有の

未必の故意・・・死んでも構わないと思いながら,人を死に至らしめるような行為をすること。

みたいなぬるいテロップの連発も余りなく,好感が持てました。
 こういうドラマは,リアリティと面白さのバランスが難しいのですが,今のところはいいバランスなのではないかと見ています。
 ところで,タイトルの99.9はなにかというと,公式サイトによれば,

タイトルの数字は、日本の刑事事件における裁判有罪率 (起訴された際に、裁判で有罪になる確率) を示している。

とのことです。
 第1話の劇中でもそのような発言が何回か出てきていましたね。法曹界でもよく聞かれるフレーズでもあります。しかし,「否認事件に限ればもう少し無罪率が高い」とかの意見も出ています。当職もそのようなことを聞いたことがあって気になっていました。
 ということで,まーーーーーーーーーーた業務を放り出して刑裁サイ太が実際の所を調べてみました。

調べ方

 こういう場合,最高裁判所が提供している「司法統計」を紐解いてみます。ネットで見られますよ。
http://www.courts.go.jp/app/sihotokei_jp/search
 本日現在で,最も新しいのは平成26年版です。これを使いましょう。
 有罪率をうんぬんする場合,暗黙のうちに通常の第1審が想定されているように思われます。通常の第1審*1地方裁判所の事件と簡易裁判所の略式でない公判請求された事件をいうことになりましょう。
 はじめに全事件に対する有罪・無罪の別を調べて,その後,否認事件に限った場合の数字を調べることにします。


調べてみた-全事件

 まずは,事件の総数を見てみます。
「9  刑事訴訟事件の種類及び終局区分別既済人員」では,地裁の総事件数と無罪の件数が出ています。
http://www.courts.go.jp/app/files/toukei/992/007992.pdf
 これの2頁によれば,平成26年中に109件で無罪判決が言い渡されています。
 7万2114件の裁判が既済,すなわち終了していますが,そのうち,1万9612件は別の件と併合されて終了しています。
 そうすると,7万2114件-1万9612件=5万2502件の実質的な裁判が行われたことになります。


 同様に,「12 刑事訴訟事件の種類及び終局区分別既済人員」では,簡裁の数字が出ています。
http://www.courts.go.jp/app/files/toukei/998/007998.pdf
 これによると,無罪は13件,総数8756件,併合された件数1593件,実質的な裁判件数7163件*2となっています。


 地裁と簡裁とを合計すると,
『5万9665件』の実質的な裁判が行われ,『無罪判決が122件』出ていることになります。
 そうすると,刑事事件全体に対する無罪率は,0.204・・・%となります。

調べてみた-否認事件

 「否認事件の有罪・無罪の数」などという統計はありませんでした。
 そこで,「無罪になった事件=否認事件」という擬制をしてみることにしました*3
 否認事件の件数を調べます。
「25  通常第一審事件の終局総人員」によると,地裁で4913件,簡裁で308件の合計5221件となっています。
http://www.courts.go.jp/app/files/toukei/024/008024.pdf
 そうすると,【5221件】の否認事件に対して,【122件】の無罪判決が言い渡されたことになります。
 これは数字にして「2.34%」となります。
否認をした場合に,無罪になるのは,「2.34%」なのです。いずれにせよ低い数字であることには間違いありません。


有罪率を調べていたと思ったら無罪率を調べていたでござる-改めて有罪率

 途中まで気付きませんでしたが,無罪率を調べちゃってました。なので,改めて有罪率を調べることとします。
 事件の総数は先ほど調べたとおりなので,有罪の件数だけを引用します。地裁では,5万1389件,簡裁では6842件の合計で5万8231件でした。
 これを『5万9665件』で割った有罪率は・・・「97.5%」です。
・・・って全然「99.9」じゃないじゃん!


有罪率が97.5%である理由

 単刀直入にいうと,「有罪判決」「無罪判決」の「実体裁判」以外に,「公訴棄却」「管轄違い」「その他」があるからです。
 たとえば,公判係属中に被告人が死亡してしまったようなケースは公訴棄却されます。
 「その他」は・・・公訴取り消し(「99.9」でも出てきましたね。)や刑の免除等が当たるでしょうか。
 統計では,1件もありませんでしたが,「免訴」も挙げられていました。
 これらは講学上「形式裁判」と呼ばれ,無視されることの多い類型の裁判です。
 ただ,「形式判決を勝ち取る」ケースもあります(たとえば,時効の起算点を争って公訴時効であるとして免訴になる場合,公訴権濫用論で公訴棄却された場合等)。
 そう考えると難しいのですが,「有罪率」というフレーズとの整合性からすると,「形式裁判」を除外すべきではないかと思います(私見)。
 「その他」が比較的多いので,その内容について統計が出てくればもう少し考察しやすいのですが・・・。

真の「有罪率」は?

 以上を踏まえ,「公判請求され,実体裁判で終わった第1審の事件のうち,有罪判決を受けたものの割合」を真の「有罪率」としましょう。
 地裁の有罪の件数が51389件,無罪が109件。簡裁の有罪の件数が6842件,無罪が13件。
 実体裁判件数58353件,無罪判決122件。
 これを元に計算すると真の有罪率は,「99.79%」となります*4
結局,99.9じゃねえ!



 ※ちなみに,否認事件に限った場合の真の有罪率は,「否認しつつ形式裁判を受けた件数」についてのデータがないので算定不能です。
 否認事件の件数を,全事件の「実体裁判率」を乗じて算出すれば推定はできそうです。ざっくり計算すると,実体裁判が5106件くらいになるので,「97.61%」と推定されます。


まとめ

 平成26年度司法統計によれば,平成26年における「裁判を受けた人が有罪になる割合」は97.5%。「実体判決を受けた人が有罪になる割合」は99.79%となりました。
 いずれにせよ,99.9%という数字は出てきません。
 法曹界の人も放送界の人も,数字に弱すぎ。司法統計がインターネットで容易に見られるのに調べなさすぎ。


 もっとも,「99.9%」という数字に込められた『異常な有罪率の高さ』というメッセージは何ら揺らぐことはありません。
 高い有罪率についても色々書きたいことはありますが,とりあえずはここで筆を置きます。

*1:厳密には,高等裁判所が第1審を担う場合もあります。専門弁護士がいることで知られる内乱罪等の場合です。ただ,平成26年にはそのような事案は1件もありませんでした。

*2:なお,略式命令事件は含んでいません。

*3:厳密には「否認していないけど無罪になっちゃったパターン」も観念的にはあり得るので,正確ではありませんが・・・

*4:裏返せば,真の無罪率は0.2%