刑裁サイ太のゴ3ネタブログ

他称・ビジネス法務系スター弁護士によるニッチすぎる弁護士実務解説 TwitterID: @uwaaaa

ケイ子の知らない太政官布告の世界

はじめに

お世話になります。サイ太です。
さて,本日は2月29日,4年の一度*1閏日です。
閏年の根拠法令といえば「明治五年太政官布告第三百三十七号(改暦ノ布告)」と「明治三十一年勅令第九十号(閏年ニ関スル件)」という法令が有名です。
Twitterでも太政官布告が話題になっていたところ,そういえば昔,何か書いたよなあと思い出しました。
ということで,以前に八百選向けに書いた「ケイ子の知らない太政官布告の世界」をブログ用にシングルカットします(少し補訂しました。)。
(初出:令和元年8月の「大嘘判例八百選[第12版]」)

本文

ケイ子:なんでこの人,肩書きがビジネス法務系スター弁護士なのに太政官布告の話なのよ。全然業務と関係ないじゃない。しかも何この日本鬼法曹協会って。やっちゃってるわね。私,「協会」撲滅運動のリーダーだからね。
はい,日本鬼法曹協会の刑裁サイ太さんです。
<サイ太登場>
サイ太:サイ太と言います。
ケイ子:何なのよ日本鬼法曹協会って。私は日本なんとか協会が大嫌いなんだよ。
サイ太:うーん,でもシャレみたいなもんなんで。
ケイ子:ふざけんじゃないわよ。シャレっていうよりダジャレじゃないのよ。
サイ太:まあおっさんなので,オヤジギャグっていうか。
ケイ子:まあそうね。アンタ,20代の頃から40代って言われそうな顔してるもんね。
<サイ太の苦い顔で止まるあの演出>


サイ太:で,今日お伝えしたいのが「太政官布告」なんです。
ケイ子:何なのよ太政官布告って。
サイ太:整理してきましたので,こちらを。太政官布告とは。明治政府によって設置された「太政官」(だじょうかん)という機関が発出した法令なんです。明治元年から内閣が設置される明治19年までしか発令されていないレア法令というわけなんです。
ケイ子:そんな化石みたいなのありがたがる物好きはアンタみたいなのだけじゃないの?
サイ太:いや,そういうわけでもなくて,意外と,未だに効力を有するものがあるんですよ。
ケイ子:ふーん,じゃあ今の法令? とかを決める人たちも物好きってことなのね。
サイ太:では,今も生きている太政官布告を紹介していきたいと思います。e-Govとかで叩けばだいたい出てきます。まず1つ目,「明治5年太政官布告第337号」です。これはすごいんですよ。
ケイ子:年と番号だけ言われてもわかんないわよ。
サイ太:はい,「改暦ノ布告」とも呼ばれています。太陽太陰暦から太陽暦への改暦を定めた詔書を交付したものです。明治5年12月3日を明治6年1月1日にしちゃうという超ウルトラCを決めたことでも知られています。
ケイ子:年の途中で新年にしちゃうのすごいわね。暦を変えるって権力者って感じがするわね。
サイ太:はい。ただ,暦を変えた理由は,表向きには欧米のグレゴリオ暦に合わせるためと言われていますが,財政難から閏月の月給の支払いを惜しんだからとも言われています。
ケイ子:現金な権力者ね。
サイ太:ともかくそういう理由で,明治5年11月9日に,「明治5年12月2日の次の日が明治6年1月1日になる」というお触れを出したことになります。
ケイ子:そんな突然に言われてもね。正月の準備とかどうしてたのかしら。
サイ太:ただこの太政官布告には間違いがあって・・・
ケイ子:え,私の話は無視するの?
<サイ太の苦い顔で止まるあの演出>


サイ太:次はこの「明治6年太政官布告第65号」で,「絞罪器械図式」とも言われています。
ケイ子:字面からして,死刑の話じゃない?
サイ太:そのとおりなんです。死刑の方法について書かれたものです。これについては,最高裁大法廷の判例がありまして,最大判昭和36年7月19日刑集15巻7号1106頁で,現行法令としての効力を認めています。
ケイ子:じゃあ,明治に決められた方法で今も死刑を執行してるの。
サイ太:そうなんです。この判例では,検察官は法務省令で変えられるなどと主張しているんですが,さすがに最高裁は法律で改正せよと言っています。
ケイ子:そりゃそうよね。よく分からない法務大臣が適当に死刑の方法を変えちゃえたらたまったもんじゃないわよね。
サイ太:まあよく分からない国会議員が適当に死刑の方法を変えちゃうのも困りますけど。
ケイ子:・・・アンタ結構言うわね・・・。


サイ太:次はコチラ。「明治8年太政官布告第103号」です。「裁判事務心得」と呼ばれています。旧法令を引用していたりして争いがあるんですが,3条から5条までが現行法令とされることが多いです。
ケイ子:これはどういうものなのよ。
サイ太:裁判所が適用する法源についての布告です。特に重要なのが3条の「民事ノ裁判ニ成文ノ法律ナキモノハ習慣ニ依リ習慣ナキモノハ条理ヲ推考シテ裁判スヘシ」という条文です。裁判例でもたまに条理上の主張をする場合に言及されてたりします。
ケイ子:・・・なにこれ,4条見ると,判例法を否定してるじゃない。
サイ太:そうなんです。事実上は判例法理が認められていますけど・・・
ケイ子:はっきりしなさいよ,現行法令なんでしょ。
<サイ太の苦い顔で止まるあの演出>


サイ太:「明治16年太政官達第27号」です。厳密には太政官布告ではなく太政官達ですが,あまり区別されていなかったみたいなので一緒にくくります。これは,明治16年7月1日から官報の刊行を始めたというものです。
ケイ子:官報って今でも発行されてるやつ?
サイ太:そうです。それの起源はここにあります。面白いのが,じゃあ官報が出る前はどうしてたかっていう話なんですよ。どうしてたと思います?
ケイ子:急に聞かれても分からないわよ。
サイ太:実は,江戸時代からの高札を使ってたんです。よく時代劇とかで出てくる屋根付きの掲示板みたいなやつです。それが廃止されて官報になったという記録が残ってるのって凄くないですか?
ケイ子:すっごいわね。
サイ太:でも,通し番号とかがあればよかったんですが,改元と同時に番号が1からになってしまうので,令和になった今は,号数が1からになっちゃってるんですよね。ちょっと残念です。
ケイ子:そうだわね。なんか私,そういう太政官布告の詫び寂びみたいなのが分かるようになってきちゃったかも。


サイ太:最後は「明治17年太政官布告第32号」です。明治19年までしかない太政官布告の中ではかなり新しい太政官布告です。
ケイ子:新しいって言っても100年以上前なんでしょ。
サイ太:まあそうなんですが・・・でもこれは一番メジャーかも知れません。「爆発物取締罰則」と呼ばれています。
ケイ子:ああ,これはなんか聞いたことがあるわね。
サイ太:はい,今も完全に生きていて,使われてもいる取り締まり法令です。その名前のとおり,爆発物の取り締まりを定めた,今で言えば特別刑法ですね。当時は自由民権運動が盛んな時期で,あちこちでテロがあったみたいで,それで制定されたみたいです。
ケイ子:自由民権運動なんて,歴史の授業でやった話じゃないの。それを取り締まる法令がこの令和の時代にまだ生きてるの。
サイ太:そうなんですよ。すごくないですか? しかも,刑法117条に激発物破裂罪があるからそれとの罪数が・・・
ケイ子:いや,太政官布告の魅力,やっぱりわかんねぇわ。

*1:厳密には400年に97度