刑裁サイ太のゴ3ネタブログ

他称・ビジネス法務系スター弁護士によるニッチすぎる弁護士実務解説 TwitterID: @uwaaaa

カフェカジュアルで法学を~対話で見つける「探し方」 判例検索技法編

登場人物

サイ太


判例検索を遊びにしちゃった先生。法クラとワイワイ盛り上がりながらネットサーフィンするのを楽しみにしている。諸事情により等価交換された姿での登場。

甲野太郎くん


時には殺人を犯したり,時には不動産を二重譲渡したりというあくどい奴と同姓同名の修習生。サイ太のカジュアル法律事務所で弁護修習中。

乙野花子さん


太郎くんとつるんで悪行三昧をする奴と同姓同名の修習生。別の事務所で修習中のところ,カジュアル法律事務所に里子に出されている。

大嘘判例八百選[第10版]


この「カフェカジュアルで法学を」の初出。他にも判例百選シリーズの登載判例数を全部調べたりした力作。訴外とらのあなにて絶賛売れ残り中。




今日もカジュアル法律事務所で,3人は下らない話に花を咲かせていた。



こないだのロー生との合コンは散々でしたよ。面白いと思った判例ネタを披露したら場がしらけちゃいました。

どうせTPOをわきまえず下ネタを披露したんじゃないの?

違うよ,『玉にぎりという遊戯で睾丸が破裂した事故で過失が4割も取られた事例』とかだよ。

やっぱりシモじゃねーかよ。○ね。


サイ太先生,どうしたらドッカンドッカン来る判例を探せるんですか? 太郎が罷免される前に教えてあげて。

それは困ったね。じゃあ私がどのように面白判例を検索してるか,レクチャーしてあげよう。


 面白判例を紹介して面白がってもらえる機会はそう多くない。そんな中でも,TPOに応じたネタを披露することが肝要である。
 しかし,そもそもの大前提として,面白いネタでなければウケは取れない。本稿では,面白い判例をどのように探すかをサイ太たちと共に勉強していこう。


面白いネタを探すって言っても,雲をつかむような話ですよ。

判例検索システムに登載されている裁判例の数は20万件以上とも言われているよ。その中から面白いものを探すのは至難の業だ。実務的に重要な裁判例であれば,引用したり引用されたりで,芋づる式にいろいろ見つかるけど,面白判例同士はまとまっていないことがほとんどだからね。

確かに,サイ太先生が紹介する裁判例のほとんどは,判例雑誌ではなく,判例検索システムが独自に収集したものが多いです。

そうなんだよ。だから,自力で調べていくしかない。そのための鍵になるのはなんだか分かるかい? まず判例をどのように探すことが多いかを考えると・・・

(しばらく考えた後)検索ワードですか?

そうだね。検索ワードだね。面白判例は,面白検索ワードから生まれると言っても過言じゃない。その面白検索ワードをいかに閃くかが大事なんだ。


 判例検索をする場合,最もよく使うのが「ワード検索」であろう。面白判例と巡り合うのに,適当に年月日を入れて検索するでは非効率だ。なにせ,20万件を超える判例の中から目的のお宝を探し出さなければならない。判例の大海原にあって羅針盤になるのが「検索ワード」なのだ。


サイ太先生はどうやって検索ワードを思いついてるんですか。

文字通りの思いつきだね。

そんな急にいろいろ思いつけませんよー。

実際私は適当に思いついたまま検索していることが多いんだけどね。まあそれじゃ参考にならないから,もう少し具体的に言うと,面白いという切り口ごとに考えるのが大事だよ。

切り口,ですか?

うん,一言に面白いと言っても,何が面白いのかは全然違うんだ。これまで八百選に書いてきた例でいえば,「最も高い罰金額が言い渡された事例」なんかは判断内容が面白い例。「『今日は上に乗って(いわゆる騎乗位の意味)沢山動いたから』というメールが紹介されている事例」なんかは,事実認定や主張が面白い事例だ。

確かに面白いといっても,面白さを生み出すポイントのレイヤーが違うんですね。

そうだ。そしてそれぞれごとに探し方は全然違うんだ。どのような形で判例にワードが現れるかを考えて,そこから逆算していくことになる。


漫然とワード検索をしても目的の判例は見つからない。面白判例という雑なくくりではなく,何が面白いのかを見極めて,裁判例の中でどのような使われ方をしているかを考えて,そこから逆算するのが早いだろう。


じゃあ例えば,判断内容が面白い例はどう探すのがいいんですか。

端的にいえば,目の前の事案や事象で,当たり前とされていることを疑うといい。たとえば,罰金求刑が予想される事件をやっているなら,そういえば罰金の場合の労役場留置は1日5000円換算されることがほとんどだけど,どうしてだろう?違う場合ないのかな?そういえば一番高いのはいくらなんだろう?とかね。

なるほど。

あとは,判断,すなわち判決を探せるような検索をすればいい。労役場留置の場合,定型文があるからそれをアレンジしよう。通常は『その罰金を完納することができないときは,金5000円を1日に換算した期間被告人を労役場に留置する。』みたいに書かれる。5000円以上のケースを探すにはどうすればよいかな?

『金1万円を1日に換算した期間被告人を労役場に留置する。』とかで検索していくことになる?

それだと,1日1万円になったケースしか引っかからないよ。1万円,2万円・・・と繰り返すのも手だけど労力が掛かりすぎる。万円単位なら『万円を』で区切れば全部引っかかる。あと,長すぎる文章で検索すると表記揺れのリスクがある。この定型文も,『期間』と『被告人』の間に読点を打ちたくなる気がしないかい。実際,そういう例もあるんだ。短すぎてもダメだから『万円を1日に換算した期間』くらいにするのがベストだ。

へぇ,そういうのは全然意識していなかったな。

もっと高額なのを探すには,『0万円~』とか『十万円~』『百万円~』とかで調べるんだ。これも表記揺れ対策だ。万全を期すなら,『一日に換算した期間』とかでもチェックする。

前からではなく,後ろから考えていくのがポイントっぽいですね。

そうだ。ただ,前から攻めていくべきケースもある。そこらへんは見極めだね。いくつか調べてみて,規則性を探していこう。


 判決や決定の主文中の判断や,罪となるべき事実,民事の主張整理のような部分は,定型文が使われていることが多い。定型文がある場合の検索ワードは,規則性を見定めて,なるべく多くの件数が引っかかるようにしつつ,不必要なものを除外するよう設定していく。
 もうひとつ八百選でも取り上げた例を引く。「署名押印できない判例百選」では,末尾の「署名押印できない」というものの事例を調べた。この場合は「署名押印できない。」と句点まで含めなければならない。句点がないと,事実認定中の「署名押印できない旨,告げた」のようなものも拾ってしまう。


じゃあ事実認定や主張が面白い事例はどうすればいいんですか。

これは,さっきも言った思いつきだよね。たとえば,不貞行為事件をやっているなら,『相手はとんでもねぇ主張してくるな』と思えば,じゃあどんな主張があったのかというのを疑問に持つ。たとえば,Twitterが普及してきたけど,裁判例でどういう風に定義されてるんだろう,じゃあFacebookは?Lineは? そんな感じで,どういう裁判例を探すにしても,普段気にしていないことを疑問に思うところがスタートだ。

普段考えてないようなところを攻めるのはサイ太先生の得意技だもんな。

ただ,この手のヤツは,地道に1件1件当たっていくしかない。時には1000件近くの裁判例をひとつひとつ丁寧に見ていく必要がある。そこまでの情熱を燃やせるようなものならいいけど,そこまでではないなら,いっそ対象を絞るのもアリだ。八百選でやった例では,『不貞行為の無茶な言い訳判例百選』なんかは,『不貞行為 慰謝料』で検索したら1000件を超えたから,無茶な言い訳が通らなかった事例に限定して調べた。それでも400件あったけどね。

それでも大変ですね。でも,言い訳が通らなかった事例に絞るにはどうやったんですか?

さっきの定型文を使うんだ。勝訴判決の場合は,訴訟費用の裁判や仮執行宣言がつく。新様式の判決書では,請求の趣旨に対する答弁は引用されないけど,訴状の請求の趣旨は引用される。判決文にしか出ないのは訴訟費用と仮執行宣言なので,これを利用する。

利用できるものは何でも利用するんだな。すげぇ。

もっとも,無茶な言い訳が通った事案の方が面白いといえば面白いんだが,こればかりは仕方がない。うまく検索すれば,そういう事案のおよその件数は分かるから,それを報告してお茶を濁す手もある。

・・・サイ太先生,何気なく調べてるんじゃないんですね。

今頃気づいたのかよw


 この手の事実認定や主張が面白い判例を調べるには汗をかくしかない。しかし,なるべく汗はかきたくないものである。定型文の主張を使って件数を減らしたり,そもそも目的を操作するなどして汗をかく量を減らすのも肝要である。通常は,面白判例リサーチのために使える時間は限られているはずだ。


ここまでの話を聞いて,2人は何か感じることはないかい?

いや,すごくためになりましたけど。

私も面白判例を探すのにハマりそうです。

いや,そういうことじゃないんだよ。これまで私が話をしてきたことっていうのは,何も『面白判例』を探すのだけに使えるノウハウじゃない。そもそも効率的に「判例検索」をするのに使うためのノウハウなんだ。私の言ってきたことを理解できたのなら2人はだいぶ判例検索能力が上がったと思うよ。

そうなのか。俺たち,知らず知らずのうちに,判例検索能力の基礎が身についていたんだな。

そうだったんですか。こういう教えられ方をすれば,楽しく判例検索能力が身につきますね。

それこそ,私もどうやって効率的に面白判例を探すかを考えていたら,効率的に目的の判例を探す方法を自力で確立していたというわけだ。・・・というわけで,今日相談の依頼が来たこの件,類似判例がないかどうか,明日までにリサーチしてくれ,太郎。

うへぇ,それが目的だったんすねサイ太先生・・・。

んで花子はこっちの件の起案を頼むよ。私はちょっとこれから野暮用で直帰するから。んじゃ。

あっ,サイ太先生,この抜け方は●●●で××××するつもりだぜ。ひでーやまったく。

まあ勉強になったんだからいいじゃない。これで合コンでドッカンドッカン行くようになるといいわね太郎。



 入り口がどうあれ,身についた能力は裏切らない。特に,この種のリサーチ能力は,この嘘情報が溢れている世の中では,法曹であるかを問わず,社会人として当然に身につけていなければならない能力になりつつある。そのための一つの実践例として今回は判例検索の方法を紹介したものである。
 このほか,「匿名アカウントの特定方法」等についても,ゲスな好奇心を満たすためだけではなく,間接事実の積み上げによる事実認定にも通底する技法を得られる。その詳細については本稿の限界を超えるため,他日を期したい。


謝辞に代えて

元ネタは言わずと知れた横田先生の「カフェパウゼで法学を」です。
www.koubundou.co.jp
このほか,前掲大嘘判例八百選[第10版]には「法学学習からみた大嘘判例八百選」という論考をご寄稿いただいております。
この場を借りて、改めて御礼申し上げます。ありがとうございます。