はじめに
昨今,いわゆる四大(ないし五大)法律事務所が,本体は法人化せずに国内に支店を設けるケースが目立ってきました。しかしながら,弁護士法20条3項により,基本的には法律事務所は支店を出すことは許されないはずです。
ではどのようなスキームによって実現しているのでしょうか。簡単に議論をまとめてみました。
複数事務所の禁止と弁護士法人の場合の禁止の解除
弁護士法20条3項本文
弁護士は,いかなる名義をもってしても,2箇以上の法律事務所を設けることができない。
弁護士が拠って立つべき弁護士法にはこのような規定があります。
したがって,基本的には法律事務所(弁護士の事務所をこう呼称します。)は支店を出すことは許されません。
一方,弁護士法人の場合には支店を出すことが許容されています。
許容されているというからには,明文があると思ってしまうのですが,実は直接これを許容する条文はありません。
あるのは,以下の条文です。
弁護士法第30条の17ただし書
ただし,従たる法律事務所については,当該法律事務所の所在する地域の弁護士会が当該法律事務所の周辺における弁護士の分布状況その他の事情を考慮して常駐しないことを許可したときは,この限りでない。
この条文は,法律事務所に社員たる弁護士を常駐させなさいという条文です。ここに「従たる法律事務所」という文言が出てくるため,「従たる法律事務所」,すなわち支店を出すことが許容されているとみるわけです。なお,「従たる法律事務所」という文言については定義規定などなく,弁護士法人がらみの規定でこの単語が出てくるのはここだけです。
また,以下のような条文もあります。
弁護士法30条の21
第20条第1項及び第2項,(中略)の規定は,弁護士法人について準用する。
ここで,上述した,20条3項が除かれているから,複数事務所が許容されているのだというわけです。
これら2つの規定から,「弁護士法人は従たる法律事務所を設置することができる」とされています(条解弁護士法第4版281頁)。
・・・ご覧のとおり,とても迂遠な規定方法です。なぜこのような規定ぶりなのかよく分かりません。端的に「弁護士法人は,20条第3項の規定にもかかわらず,従たる法律事務所(【定義規定っぽい文言が入ります】法律事務所をいう。以下同じ)を設けることができる。」みたいな条文を入れればいいのにと思います。この,弁護士法人制度の条文構造の迂遠っぷりについては,後でも出てきますので,覚えておいてください。
とにかく,このように弁護士法人であれば支店を出せます。なので,支店を出したい法律事務所のパートナーとすれば,当該法律事務所自体を法人化した上で,その支店を出すことが大原則になります。
ですがそうはなっていない。ではどうやってクリアしているのか。
弁護士法人は法律事務所の設置主体であるか
少々話が逸れますが,説明には欠かせないのでお付き合いください。
さて,弁護士法人は,その名称中に「弁護士法人」という文字を入れる必要があります(弁護士法30条の3)。
弁護士法人制度が導入された当初(平成13年)は,「弁護士法人」がすなわち法律事務所であって,主たる法律事務所については,法人名称とは別に事務所名称を観念していなかったとされています。
1つには,法律事務所が法人化したものが主たる法律事務所であるから,法人名称とは別に事務所名称を観念することはできないし,する必要もないから。
2つには,弁護士法人とは,自然人たる弁護士と並んで,弁護士法人という法律事務の受任主体を設けたのであって,弁護士法人が法律事務所の設立主体となることは想定されていなかったから。
これは医療法人とパラレルに考えれば分かりやすいです。
すなわち,医療法39条1項は,「病院・・・を開設しようとする社団又は財団は,この法律の規定により,これを法人とすることができる。」と定めていて,法人自体が病院の開設主体であることが明らかです。
一方,弁護士法30条の2第1項は,「弁護士は,・・・第3条に規定する業務を行うことを目的とする法人(以下「弁護士法人」という。)を設立することができる。」と規定するのみで,法律事務所の設置主体となり得る書きぶりではありません。
また,医療法44条2項は,医療法人の定款・寄附行為に「その開設しようとする病院・・・の名称及び開設場所」を記載することを要求していて(同3号),医療法人が病院の開設主体であることは明らかです(医療法人の名称と病院の名称が別であることもこれにより明らかです。)。
他方,同様の規定である弁護士法30条の8第3項には,「(弁護士法人の)名称」(同2号)及び「法律事務所の所在地」(同3号)などと定められています。法文上は,弁護士法人をもって法律事務所の設置主体としたという規定にはなっていません。もし設置主体とみるのであれば,「その設置する法律事務所の所在地」という規定にでもなるはずです。
3つには,弁護士法人をもって法律事務所の設置主体と捉えると,弁護士法人と「その社員でも使用人でもない弁護士」とが共同して事務所を設けることが可能となると解釈されうるが,その場合における利害相反などの問題については法は何ら手当をしておらず,また,立法の過程において何らの議論もされておらず,そのようなケースを弁護士法が予定しているとは考えがたいという理由。
当職なんかはこの理由が最も説得的だなあと思います。やはり,立法の過程で議論していないことを解釈だけで(しかも判例という形ではなく)すんなり認めるのはちょっと怖い。
基本的にはこのように考えられており,弁護士法人制度が導入された直後は,法律事務所名=弁護士法人名という運用がされていました。
黒船来襲-外弁法改正
そんな中,平成15年に,「外国弁護士による法律事務の取扱に関する特別措置法(以下,単に「特措法」といいます。)」が改正され,49条の5という規定が新設されます。
ちょっと長いですが条文を引用します。
特措法49条の5
外国法共同事業を営む外国法事務弁護士の事務所については,当該外国法事務弁護士が当該外国法共同事業に係る弁護士又は弁護士法人と事務所(弁護士法人にあつては,その主たる事務所に限る。以下この条において同じ。)を共にし,かつ,当該外国法共同事業において行う法律事務の範囲に制限を設けていない場合であつて,その弁護士又は弁護士法人の事務所の名称中に「外国法共同事業」の文字があるときは,第四十五条第一項及び第二項の規定にかかわらず,これと同一の名称を使用することができる。
この規定は,弁護士法人の名称の他に,「弁護士法人の(主たる)事務所の名称」があることを認めています。その上,「外国弁護士の事務所について,弁護士法人と事務所を共にする」ケースがあることを認めています。これにより,弁護士法人と外国弁護士とが共同で事務所を設置できるが認められるのであれば,弁護士法人と「その社員でも使用人でもない(日本)弁護士」が共同で事務所を設けることも当然許されるであろうという解釈も可能となります。
このようにして,弁護士法人の名称と事務所の名称とは別個に観念せざるを得ず,結局,弁護士法人を事務所設置主体として認めたと理解されたことになります。解釈が変更されたわけです。
ただ,どうして日本弁護士を律する「弁護士法」の解釈が外国弁護士を規定する「特措法」の規定ぶりによって決まるのでしょうか。理解に苦しみます。
また,特措法制定当時の議論を見ても,弁護士法人を事務所の設置主体と見ることについての議論がなされている形跡はありません。
http://www.shugiin.go.jp/internet/itdb_kaigiroku.nsf/html/kaigiroku/000415620030516014.htm
http://www.sangiin.go.jp/japanese/gianjoho/old_gaiyo/156/1560000.pdf
http://www.jpaa.or.jp/activity/publication/patent/patent-library/patent-lib/200407/jpaapatent200407_037-043.pdf
この項はほぼ条解弁護士法第4版の246頁以下に拠っているのですが,当時の議論は紹介されていません。日弁連の中でも議論があったんじゃないかと思うんですが・・・(当職のリサーチ能力不足かも知れませんが)。
弁護士法人が支店を出せることの規定ぶりもアレでしたが,ここらへんの解釈もアレに見えます。弁護士は立法には詳しくないということなんでしょうか・・・。
スキームを簡単にいうと
経緯はともあれ,弁護士法人は法律事務所の設置主体となり得るということになりました。
したがって,弁護士法人と,個々の弁護士の組合たる法律事務所とが,共同して法律事務所を設立することが認められました。
その上で,弁護士法人が従たる法律事務所を出店すると,「法律事務所全体を法人化せずに支店を出す」ということが達成できます。
西村あさひ法律事務所のHPにこのことが端的に図示されていました*1。画像を引用しますが,これが一番分かりやすいですね。
しかし,これが簡単にできるとなると,支店を出すための技巧的な手段として使われかねず,複数事務所の禁止の規定が空文化するような気がしています。そこらへんの議論はきちんとなされているのでしょうか。ちょっと気になります。
参考文献
全面的に「条解弁護士法第4版」によりました。