刑裁サイ太のゴ3ネタブログ

他称・ビジネス法務系スター弁護士によるニッチすぎる弁護士実務解説 TwitterID: @uwaaaa

令和3年3月5日の日弁連臨時総会の議案を整理したよ

はじめに

 なんか,令和3年3月5日に日弁連の臨時総会があるらしいんですけど,招集通知に議案が19件もある上,読ませる気がないのか,数件ごとに「改正条文→提案理由→参考資料」という順に記述されているという編集方針で,目次も可読性に配慮されているとは思えず,どういう改正が議論されるのか全く分からないと思われるので,時間のない皆さんのために,時間のないサイ太が簡単に整理したよ。

第1~4号議案

 定期総会絡みの改正だよ。要はコロナ対策だね。
 定期総会の開催地を変更できるようにしたり(いつもは東京と地方を隔年で回してるよ。),1人が代理できる議決権を増やしたり,議案書を電子提供できるようにしたりするよ。
 この関係で,ウェブ総会を開けるようにするという議案を上程しようという動きがあるみたいだよ。

第5~6号議案

 これもコロナ対策で,理事会・常務理事会がらみの改正だよ。
 日弁連の理事会や常務理事会にリモート参加できるようにするよ。
 でもコロナとは無関係の改正点もあって,総会も含めて,議事規定では発言しようとする者は起立した上で議長に発言許可を求めることとされているのを,実態に合わせて,まず議長が挙手を求めるという風に改正するよ(なんで今改正するのかは特に書いてなかったよ。)。あと,議長の発言者の選定について,もとよりその裁量ではあるけど,その他の発言者よりも発言通告した人を優先しやすいように改正するよ(ここらへん,荒れそうだね。荒会長だけに。)。

第7~15号議案

 日弁連の各種委員会・審査会等にリモート参加できるようにする規定だよ。綱紀委員会の対象弁護士とかの場合は,同意や許可が必要だったりするように決めるみたい。これもコロナ対策だね。

第16号議案

 時限立法だった債務整理事件処理規程の期間をさらに5年を限度に伸ばすという改正だよ。公取委にも照会済みだそうだよ。もともと予定されてた改正かな。

第17号議案

 小規模弁護士会助成制度についての改正だよ。ていうかそんな制度あったんだね。これももともと予定されていたっぽいね。
 日弁連から小規模な弁護士会助成金を出すというそのまんまの制度なんだけど,その要件を変更しようというものだよ。現行規定よりも少しだけ会員が多くても高い金額の助成を受けられるようになるよ(70人以下を80人以下にするとか、些末だけどね。ちなみに助成金は100万~500万円)。
 全国の会費と平均所属委員会数・委員会の人数とかのデータ(都会は委員会の人数が多いのに所属数は少ないのに、地方は真逆でわりとグロいよ。)とか資料が充実しているのでこれだけでも読むと面白いよ。

第18~19号議案

 弁護士が会社等の役員や従業員になるときの営利業務の届出をする際に,その会社等の登記事項証明書の提出に代えて,登記情報の提供でOKにするようにする改正だよ。若手の組織内弁護士は,上司の許可が必要で外出できず,郵送で取り付ける場合も費用がかかるので大変というのが改正理由らしいよ。若手でなくとも,組織外弁護士でももっと理不尽な出費迫られてると思うけどね(ビルの名前が変わって登録事項を変更させられたりとかね。)。

まとめ

 第17号議案の提案理由(57頁以下)は面白いので読もう。

新型コロナ法テラス特措法案の問題点について本気出して考えてみた

はじめに

 新型コロナ法テラス特措法案(以下,「特措法案」といいます。)がTwitterの弁護士を中心に話題になっています。
 先日国会が閉会しましたが,廃案となったわけではなく,衆議院の法務委員会において閉会中審査となっているようで,未だ予断を許さない情勢です。
 ということで特措法案の問題点について本気出して考えてみたYO
 でもこんな場末のクソザコブログより,岩田先生のブログの方が参考になるYO
yiwapon.net


当職のスタンス

 当職はなんだかんだ言いながらも,法テラスの扶助案件をクッソ担当しています。*1
 この法律案が出来れば扶助案件が増えるので,むしろ賛成すべき立場にも見えます。
 しかし,そのような事情がありながら,私はどちらかというと大反対です。

そもそも新型コロナ法テラス特措法案って何?

 新型コロナの影響で権利が侵害された人を救済するため,それらの人に法テラスを利用しやすくするという,一見すると素晴らしい法案です。
 正式名称は「新型コロナウイルス感染症等の影響を受けた国民等に対する援助のための日本司法支援センターの業務の特例に関する法律案」といいます。
 立憲会派の階猛君外三名による議員立法で,衆議院のサイトに法律案が公開されています。
www.shugiin.go.jp


 第1条の趣旨を見ましょう。

 (趣旨)
第一条 この法律は、新型コロナウイルス感染症及びそのまん延防止のための措置の影響を受けた国民等が裁判その他の法による紛争の解決のための手続及び弁護士等のサービスを円滑に利用することができるよう新型コロナウイルス感染症及びそのまん延防止のための措置の影響を受けた国民等に対する援助のための総合法律支援法(平成十六年法律第七十四号)第十三条に規定する日本司法支援センター(以下「支援センター」という。)の業務の特例を定めるものとする。
(強調はサイ太)
http://www.shugiin.go.jp/internet/itdb_gian.nsf/html/gian/honbun/houan/g20105025.htm

 ということで,特措法案はこれだけ読むと一見よさそうな法律案となっています。

問題点を一言でいうと

時間のない皆さんのために,特措法案の問題点を1ツイートにまとめました。


以下,このそれぞれについて見ていきましょう。

1,代理援助のハードルを下げると利用可能になる案件が激増

 法テラスが弁護士費用等を援助してくれる民事法律扶助には,「法律相談援助」「代理援助」「書類作成援助」の3つがあります。*2
 「法律相談援助」は,利用者からすると法律相談料がタダになり,法律相談料の水準も一般的な水準なので,みんなが喜ぶ素晴らしい事業です。同様に,「書類作成援助」はそんなに負担感もない上,ぶっちゃけそんなに活用されていないのでわりとどうでもいい話です。
 ヤバいのは「代理援助」です。代理援助というのは,交渉や訴訟を行うための弁護士費用を法テラスが立替えて,利用者はこれを分割で償還していくという制度です。
 分割自体は大いに結構なのですが,どうして償還の必要があるのか,という話です。諸外国の類似制度はリーガルエイドと呼ばれ,給付を原則に考えています。しかし,日本の実態はリーガルエイドどころか,リーガルローンです。*3ここらへん,日本では奨学金が貸与が基本で,諸外国では給付が基本であることともよく似ています。


 ちょっと代理援助制度に対する問題点を論いすぎて論点がずれそうなので本題に戻します。
 特措法案はこれらの利用基準を緩和することを企図しています。立憲民主党のHPによれば以下のとおりです。

援助の対象者となるのは、新型コロナウイルス感染症及びそのまん延防止のための措置の影響により収入の著しい減少があったものとされ、具体的な基準については半分程度の減収を想定しています。
https://cdp-japan.jp/news/20200612_3093

 そもそも,法テラスの民事法律扶助の利用基準としては資力要件があり*4,収入要件と資産要件とがあります。
 資力要件はこちらです。

f:id:go3neta:20200619201452p:plain
資力基準。以降,世帯人員が1人増えるごとに3万(3万3000円)増やす。
 世帯収入の平均は約550万円のようであり*5,手取りに直せば月35万程度ですので,世帯の平均を下回ればすぐに収入基準を満たすことになりそうです。
 資産要件は,不動産,有価証券,現預金が180~300万円(1人から4人以上で変動)以下です。
 この資力基準を満たさない人でも,半額に減収となれば利用が可能になるというわけです。
 半額の減収というのはそれ自体,厳しい条件のようにも見えます。
 しかし,この条件がさらに利用しやすくなる可能性は否定できないところです。
 また,先に述べた収入要件は,2ヶ月分の給与明細と前年の課税証明・源泉徴収票等で疎明するので,多少の減収でも本来の収入要件を満たす可能性があるでしょう。*6 また,預貯金を切り崩して凌いだ結果,資産要件を満たしてしまうこともあり得るでしょう。
 以上のように,ただでさえ収入や資産が目減りする状況なので,法律扶助案件の要件を満たす人が多くなることは必定です。

2,法テラスの報酬水準は極めて低廉な上,手続が煩雑

 前者の点について,立憲民主党の打越さく良先生がエビデンスが欲しいと言っていました。


 じゃあ,法テラスの報酬基準と,多くの法律事務所が採用している日弁連旧規定とを比べてみましょう。
 法テラスの報酬基準がこちら。
https://www.houterasu.or.jp/housenmonka/fujo/index.files/100861468.pdf
 で,日弁連旧報酬規程がこちら。*7
https://yamanaka-bengoshi.jp/wp-content/uploads/2019/06/%EF%BC%88%E6%97%A7%EF%BC%89%E6%97%A5%E5%BC%81%E9%80%A3%E5%A0%B1%E9%85%AC%E7%AD%89%E5%9F%BA%E6%BA%96%E8%A6%8F%E7%A8%8B%EF%BC%88%E5%B9%B3%E6%88%90%EF%BC%91%EF%BC%96%E5%B9%B4%EF%BC%94%E6%9C%88%EF%BC%91%E6%97%A5%E5%BB%83%E6%AD%A2%EF%BC%89.pdf
 といっても表だけ見ても分からないので,典型的な金銭請求事件の経済的利益との関係でどういうことになるのかエクセルでまとめてみました(消費税込み,事件の難易により増減も可能。)。
 着手金がこちら。
f:id:go3neta:20200621112505p:plain
法テラスの報酬基準と日弁連旧報酬規程との違い(着手金)
 報酬がこちら。
f:id:go3neta:20200621112542p:plain
法テラスの報酬基準と日弁連旧報酬規程との違い(報酬)
 少しでも面白くなればと思ってポップ体で表を作ったんですが,ちっとも面白くありませんね。報酬が安いという話はこの表に尽きているかと思います。これを見てもダンピングでないとすれば,そのエビデンスを持ってきてほしいものです。 
 ちなみに,100万円を請求する場合,法テラスを利用した方が着手金では得をする結果となりますが,法テラスにはこういうバグが稀によくあります。他にも,1~4社に対して任意整理を受任すると法テラス利用の場合,11万円となって,(おそらくは)多くの事務所の基準を超えてくることがありました*8


 手続が煩瑣なのは言うまでもないでしょう。
 申込みのためには,
・援助申込書
・法律相談票
・資力申告書
・事件調書
口座振替依頼書
を提出し,このほか,収入資料,住民票,登記簿等の提出を迫られます。*9
 その上で,契約書と重要事項説明書を弁護士側が対応する必要があります。従前は法テラスの地方事務所が請け負っていたのがなぜか弁護士側に押しつけられた経緯があります。
 さらには,着手・中間・終結の各報告書,方針が変われば方針変更報告書,追加で費用がかかれば追加費用支出申立書等を提出します。
 扶助案件をやっているとこのほかにも様々な雑務が発生します。私はすべて自分で対応していますが,事務に投げたとしても大変な作業です。
 最近は各種書式も自分で用意しなければなりません。ご親切にも,法テラス側では書式を公開しているのですが,・・・まあ実際にご覧ください。
www.houterasu.or.jp
 これを見て,自分が必要な書式を一発で探せますか? 書式を探しに来たのに一番上にあるのは法テラスとの扶助契約の申込書ですからね・・・。
 いやー,こんな感じで実に使いやすい手続ですね。これらに掛かる時間も含めて上記の報酬ですからね。制度を作ってる奴らと違って,俺たち底辺弁護士は細かい書式も全部自分で記入させられてるんですけど・・・。

3,弁護士には法テラス制度の教示義務(努力義務)があり,教示があればそちらに流れるのは必定

 後段の「安く使える制度があればそちらに流れること」は自明でしょう。
 では,前段について。
 弁護士職務基本規程という倫理規程が定められています。弁護士はこれに違反すると懲戒請求を食らったりしますし,これの解釈運用の学ぶ倫理研修を定期的に受講する義務があります。
 その33条には次のような規定があります。

(法律扶助制度等の説明)
第33条 弁護士は,依頼者に対し,事案に応じ,法律扶助制度,訴訟救助制度その他の資力に乏しい者の権利保護のための制度を説明し,裁判を受ける権利が保障されるように努める。
https://www.nichibenren.or.jp/library/ja/jfba_info/rules/data/rinzisoukai_syokumu.pdf

 はい,これが教示義務です。「努める」とあって明示的に努力義務ではありますが,弁護士職務基本規程の解説書でも

 したがって,弁護士は資力に欠ける依頼希望者に対しては,法律扶助や訴訟救助の制度の内容を説明し,可能な限り,それらを利用するように勧めるべきであって,支払能力の不足を理由とする単純な受任拒絶は本条の趣旨に沿う態度とはいえない。
解説弁護士職務基本規程第3版 114頁

と釘が刺されています。やり方次第では品位を害するとして懲戒事由に当たる可能性も否定はできないでしょう。
 「法テラスなんか切れ」とか言ってる品位の高い諸兄には関係のない話かも知れませんが,都市部の先生と違い,地方の弁護士は受任を拒絶するのが忍びないこともありますし,受任を強く要請される紹介案件などもありますし,言うほど簡単に切れないっすよ。
 いずれにせよ,教示する義務があるということです。特措法案が万が一成立すれば,教示するまでもなく大きく報じられ,法テラス側も大きく告知を行うことから,依頼者の方からこの制度の利用の申し入れも増えるでしょう。
 そうなったときに,「法テラスを切れ」と言い続けられるでしょうか。

4,弁護士たちは法テラスの低い水準の報酬で受任を迫られる

 ここまで述べてきた論理を積み重ねるとこの結論になります。
 「お前ら成仏,オレ手柄」

今後に向けた意見

 階猛先生は,法科大学院制度を批判するなど,一連の司法制度改革を批判していた旗手だと認識しており,陰ながら応援しておりました。しかし,今回の法案だけはいただけません。
 上記の問題は代理援助の要件を緩和しようとする点に起因します。要件を緩和するよりも,利用者の償還の必要がない法律相談援助を有効に利用して困っている人を探すことに注力すべきでしょう。本件のリーディングケースとなった東日本大震災の時にも,無料相談が政策形成にも大きく寄与しました。
 ひいては,法律扶助がリーガルエイドではなくリーガルローンであることもこれを期に考え直すべきでしょう。償還免除のハードルを下げれば真の意味のリーガルエイドに近くなるはずです。そして,償還があることから低廉に押さえられている報酬基準も高くすることができるようになるでしょう。

結びに代えて

 仮にこの法案が通って弁護士たちが疲弊したとしても,日弁連には自衛隊に反対する人が多いから飛行機すら飛ばしてくれないでしょうね。南無。

*1:あれだけブログが炎上しても国選も精力的にやっています。

*2:法律扶助なのにどうして「援助」なんですかね。すっげぇややこしいんですけど。

*3:そのくせ法テラスはリーガルエイドだと言い張っています。

*4:「勝訴の見込みがないとはいえない」とか「扶助の趣旨に適合」とかの要件もありますが通常は問題になりません。

*5:https://career-picks.com/average-salary/setainenshu-heikin/

*6:休業手当として6割しか受け取れなかったケースでは容易に満たすでしょう。

*7:山中先生,ありがとうございます。

*8:今は運用が変わったという情報がありました。https://www.houterasu.or.jp/chihoujimusho/saitama/page17_00019.html

*9:申込書には調書作成時間も書くことになっており,相談時間?に含まれることになっています。そのくらい面倒だということは法テラス側も理解しているような気がします。

カフェカジュアルで法学を~対話で見つける「探し方」 判例検索技法編

登場人物

サイ太


判例検索を遊びにしちゃった先生。法クラとワイワイ盛り上がりながらネットサーフィンするのを楽しみにしている。諸事情により等価交換された姿での登場。

甲野太郎くん


時には殺人を犯したり,時には不動産を二重譲渡したりというあくどい奴と同姓同名の修習生。サイ太のカジュアル法律事務所で弁護修習中。

乙野花子さん


太郎くんとつるんで悪行三昧をする奴と同姓同名の修習生。別の事務所で修習中のところ,カジュアル法律事務所に里子に出されている。

大嘘判例八百選[第10版]


この「カフェカジュアルで法学を」の初出。他にも判例百選シリーズの登載判例数を全部調べたりした力作。訴外とらのあなにて絶賛売れ残り中。




今日もカジュアル法律事務所で,3人は下らない話に花を咲かせていた。



こないだのロー生との合コンは散々でしたよ。面白いと思った判例ネタを披露したら場がしらけちゃいました。

どうせTPOをわきまえず下ネタを披露したんじゃないの?

違うよ,『玉にぎりという遊戯で睾丸が破裂した事故で過失が4割も取られた事例』とかだよ。

やっぱりシモじゃねーかよ。○ね。


サイ太先生,どうしたらドッカンドッカン来る判例を探せるんですか? 太郎が罷免される前に教えてあげて。

それは困ったね。じゃあ私がどのように面白判例を検索してるか,レクチャーしてあげよう。


 面白判例を紹介して面白がってもらえる機会はそう多くない。そんな中でも,TPOに応じたネタを披露することが肝要である。
 しかし,そもそもの大前提として,面白いネタでなければウケは取れない。本稿では,面白い判例をどのように探すかをサイ太たちと共に勉強していこう。


面白いネタを探すって言っても,雲をつかむような話ですよ。

判例検索システムに登載されている裁判例の数は20万件以上とも言われているよ。その中から面白いものを探すのは至難の業だ。実務的に重要な裁判例であれば,引用したり引用されたりで,芋づる式にいろいろ見つかるけど,面白判例同士はまとまっていないことがほとんどだからね。

確かに,サイ太先生が紹介する裁判例のほとんどは,判例雑誌ではなく,判例検索システムが独自に収集したものが多いです。

そうなんだよ。だから,自力で調べていくしかない。そのための鍵になるのはなんだか分かるかい? まず判例をどのように探すことが多いかを考えると・・・

(しばらく考えた後)検索ワードですか?

そうだね。検索ワードだね。面白判例は,面白検索ワードから生まれると言っても過言じゃない。その面白検索ワードをいかに閃くかが大事なんだ。


 判例検索をする場合,最もよく使うのが「ワード検索」であろう。面白判例と巡り合うのに,適当に年月日を入れて検索するでは非効率だ。なにせ,20万件を超える判例の中から目的のお宝を探し出さなければならない。判例の大海原にあって羅針盤になるのが「検索ワード」なのだ。


サイ太先生はどうやって検索ワードを思いついてるんですか。

文字通りの思いつきだね。

そんな急にいろいろ思いつけませんよー。

実際私は適当に思いついたまま検索していることが多いんだけどね。まあそれじゃ参考にならないから,もう少し具体的に言うと,面白いという切り口ごとに考えるのが大事だよ。

切り口,ですか?

うん,一言に面白いと言っても,何が面白いのかは全然違うんだ。これまで八百選に書いてきた例でいえば,「最も高い罰金額が言い渡された事例」なんかは判断内容が面白い例。「『今日は上に乗って(いわゆる騎乗位の意味)沢山動いたから』というメールが紹介されている事例」なんかは,事実認定や主張が面白い事例だ。

確かに面白いといっても,面白さを生み出すポイントのレイヤーが違うんですね。

そうだ。そしてそれぞれごとに探し方は全然違うんだ。どのような形で判例にワードが現れるかを考えて,そこから逆算していくことになる。


漫然とワード検索をしても目的の判例は見つからない。面白判例という雑なくくりではなく,何が面白いのかを見極めて,裁判例の中でどのような使われ方をしているかを考えて,そこから逆算するのが早いだろう。


じゃあ例えば,判断内容が面白い例はどう探すのがいいんですか。

端的にいえば,目の前の事案や事象で,当たり前とされていることを疑うといい。たとえば,罰金求刑が予想される事件をやっているなら,そういえば罰金の場合の労役場留置は1日5000円換算されることがほとんどだけど,どうしてだろう?違う場合ないのかな?そういえば一番高いのはいくらなんだろう?とかね。

なるほど。

あとは,判断,すなわち判決を探せるような検索をすればいい。労役場留置の場合,定型文があるからそれをアレンジしよう。通常は『その罰金を完納することができないときは,金5000円を1日に換算した期間被告人を労役場に留置する。』みたいに書かれる。5000円以上のケースを探すにはどうすればよいかな?

『金1万円を1日に換算した期間被告人を労役場に留置する。』とかで検索していくことになる?

それだと,1日1万円になったケースしか引っかからないよ。1万円,2万円・・・と繰り返すのも手だけど労力が掛かりすぎる。万円単位なら『万円を』で区切れば全部引っかかる。あと,長すぎる文章で検索すると表記揺れのリスクがある。この定型文も,『期間』と『被告人』の間に読点を打ちたくなる気がしないかい。実際,そういう例もあるんだ。短すぎてもダメだから『万円を1日に換算した期間』くらいにするのがベストだ。

へぇ,そういうのは全然意識していなかったな。

もっと高額なのを探すには,『0万円~』とか『十万円~』『百万円~』とかで調べるんだ。これも表記揺れ対策だ。万全を期すなら,『一日に換算した期間』とかでもチェックする。

前からではなく,後ろから考えていくのがポイントっぽいですね。

そうだ。ただ,前から攻めていくべきケースもある。そこらへんは見極めだね。いくつか調べてみて,規則性を探していこう。


 判決や決定の主文中の判断や,罪となるべき事実,民事の主張整理のような部分は,定型文が使われていることが多い。定型文がある場合の検索ワードは,規則性を見定めて,なるべく多くの件数が引っかかるようにしつつ,不必要なものを除外するよう設定していく。
 もうひとつ八百選でも取り上げた例を引く。「署名押印できない判例百選」では,末尾の「署名押印できない」というものの事例を調べた。この場合は「署名押印できない。」と句点まで含めなければならない。句点がないと,事実認定中の「署名押印できない旨,告げた」のようなものも拾ってしまう。


じゃあ事実認定や主張が面白い事例はどうすればいいんですか。

これは,さっきも言った思いつきだよね。たとえば,不貞行為事件をやっているなら,『相手はとんでもねぇ主張してくるな』と思えば,じゃあどんな主張があったのかというのを疑問に持つ。たとえば,Twitterが普及してきたけど,裁判例でどういう風に定義されてるんだろう,じゃあFacebookは?Lineは? そんな感じで,どういう裁判例を探すにしても,普段気にしていないことを疑問に思うところがスタートだ。

普段考えてないようなところを攻めるのはサイ太先生の得意技だもんな。

ただ,この手のヤツは,地道に1件1件当たっていくしかない。時には1000件近くの裁判例をひとつひとつ丁寧に見ていく必要がある。そこまでの情熱を燃やせるようなものならいいけど,そこまでではないなら,いっそ対象を絞るのもアリだ。八百選でやった例では,『不貞行為の無茶な言い訳判例百選』なんかは,『不貞行為 慰謝料』で検索したら1000件を超えたから,無茶な言い訳が通らなかった事例に限定して調べた。それでも400件あったけどね。

それでも大変ですね。でも,言い訳が通らなかった事例に絞るにはどうやったんですか?

さっきの定型文を使うんだ。勝訴判決の場合は,訴訟費用の裁判や仮執行宣言がつく。新様式の判決書では,請求の趣旨に対する答弁は引用されないけど,訴状の請求の趣旨は引用される。判決文にしか出ないのは訴訟費用と仮執行宣言なので,これを利用する。

利用できるものは何でも利用するんだな。すげぇ。

もっとも,無茶な言い訳が通った事案の方が面白いといえば面白いんだが,こればかりは仕方がない。うまく検索すれば,そういう事案のおよその件数は分かるから,それを報告してお茶を濁す手もある。

・・・サイ太先生,何気なく調べてるんじゃないんですね。

今頃気づいたのかよw


 この手の事実認定や主張が面白い判例を調べるには汗をかくしかない。しかし,なるべく汗はかきたくないものである。定型文の主張を使って件数を減らしたり,そもそも目的を操作するなどして汗をかく量を減らすのも肝要である。通常は,面白判例リサーチのために使える時間は限られているはずだ。


ここまでの話を聞いて,2人は何か感じることはないかい?

いや,すごくためになりましたけど。

私も面白判例を探すのにハマりそうです。

いや,そういうことじゃないんだよ。これまで私が話をしてきたことっていうのは,何も『面白判例』を探すのだけに使えるノウハウじゃない。そもそも効率的に「判例検索」をするのに使うためのノウハウなんだ。私の言ってきたことを理解できたのなら2人はだいぶ判例検索能力が上がったと思うよ。

そうなのか。俺たち,知らず知らずのうちに,判例検索能力の基礎が身についていたんだな。

そうだったんですか。こういう教えられ方をすれば,楽しく判例検索能力が身につきますね。

それこそ,私もどうやって効率的に面白判例を探すかを考えていたら,効率的に目的の判例を探す方法を自力で確立していたというわけだ。・・・というわけで,今日相談の依頼が来たこの件,類似判例がないかどうか,明日までにリサーチしてくれ,太郎。

うへぇ,それが目的だったんすねサイ太先生・・・。

んで花子はこっちの件の起案を頼むよ。私はちょっとこれから野暮用で直帰するから。んじゃ。

あっ,サイ太先生,この抜け方は●●●で××××するつもりだぜ。ひでーやまったく。

まあ勉強になったんだからいいじゃない。これで合コンでドッカンドッカン行くようになるといいわね太郎。



 入り口がどうあれ,身についた能力は裏切らない。特に,この種のリサーチ能力は,この嘘情報が溢れている世の中では,法曹であるかを問わず,社会人として当然に身につけていなければならない能力になりつつある。そのための一つの実践例として今回は判例検索の方法を紹介したものである。
 このほか,「匿名アカウントの特定方法」等についても,ゲスな好奇心を満たすためだけではなく,間接事実の積み上げによる事実認定にも通底する技法を得られる。その詳細については本稿の限界を超えるため,他日を期したい。


謝辞に代えて

元ネタは言わずと知れた横田先生の「カフェパウゼで法学を」です。
www.koubundou.co.jp
このほか,前掲大嘘判例八百選[第10版]には「法学学習からみた大嘘判例八百選」という論考をご寄稿いただいております。
この場を借りて、改めて御礼申し上げます。ありがとうございます。