刑裁サイ太のゴ3ネタブログ

他称・ビジネス法務系スター弁護士によるニッチすぎる弁護士実務解説 TwitterID: @uwaaaa

新型コロナ法テラス特措法案の問題点について本気出して考えてみた

はじめに

 新型コロナ法テラス特措法案(以下,「特措法案」といいます。)がTwitterの弁護士を中心に話題になっています。
 先日国会が閉会しましたが,廃案となったわけではなく,衆議院の法務委員会において閉会中審査となっているようで,未だ予断を許さない情勢です。
 ということで特措法案の問題点について本気出して考えてみたYO
 でもこんな場末のクソザコブログより,岩田先生のブログの方が参考になるYO
yiwapon.net


当職のスタンス

 当職はなんだかんだ言いながらも,法テラスの扶助案件をクッソ担当しています。*1
 この法律案が出来れば扶助案件が増えるので,むしろ賛成すべき立場にも見えます。
 しかし,そのような事情がありながら,私はどちらかというと大反対です。

そもそも新型コロナ法テラス特措法案って何?

 新型コロナの影響で権利が侵害された人を救済するため,それらの人に法テラスを利用しやすくするという,一見すると素晴らしい法案です。
 正式名称は「新型コロナウイルス感染症等の影響を受けた国民等に対する援助のための日本司法支援センターの業務の特例に関する法律案」といいます。
 立憲会派の階猛君外三名による議員立法で,衆議院のサイトに法律案が公開されています。
www.shugiin.go.jp


 第1条の趣旨を見ましょう。

 (趣旨)
第一条 この法律は、新型コロナウイルス感染症及びそのまん延防止のための措置の影響を受けた国民等が裁判その他の法による紛争の解決のための手続及び弁護士等のサービスを円滑に利用することができるよう新型コロナウイルス感染症及びそのまん延防止のための措置の影響を受けた国民等に対する援助のための総合法律支援法(平成十六年法律第七十四号)第十三条に規定する日本司法支援センター(以下「支援センター」という。)の業務の特例を定めるものとする。
(強調はサイ太)
http://www.shugiin.go.jp/internet/itdb_gian.nsf/html/gian/honbun/houan/g20105025.htm

 ということで,特措法案はこれだけ読むと一見よさそうな法律案となっています。

問題点を一言でいうと

時間のない皆さんのために,特措法案の問題点を1ツイートにまとめました。


以下,このそれぞれについて見ていきましょう。

1,代理援助のハードルを下げると利用可能になる案件が激増

 法テラスが弁護士費用等を援助してくれる民事法律扶助には,「法律相談援助」「代理援助」「書類作成援助」の3つがあります。*2
 「法律相談援助」は,利用者からすると法律相談料がタダになり,法律相談料の水準も一般的な水準なので,みんなが喜ぶ素晴らしい事業です。同様に,「書類作成援助」はそんなに負担感もない上,ぶっちゃけそんなに活用されていないのでわりとどうでもいい話です。
 ヤバいのは「代理援助」です。代理援助というのは,交渉や訴訟を行うための弁護士費用を法テラスが立替えて,利用者はこれを分割で償還していくという制度です。
 分割自体は大いに結構なのですが,どうして償還の必要があるのか,という話です。諸外国の類似制度はリーガルエイドと呼ばれ,給付を原則に考えています。しかし,日本の実態はリーガルエイドどころか,リーガルローンです。*3ここらへん,日本では奨学金が貸与が基本で,諸外国では給付が基本であることともよく似ています。


 ちょっと代理援助制度に対する問題点を論いすぎて論点がずれそうなので本題に戻します。
 特措法案はこれらの利用基準を緩和することを企図しています。立憲民主党のHPによれば以下のとおりです。

援助の対象者となるのは、新型コロナウイルス感染症及びそのまん延防止のための措置の影響により収入の著しい減少があったものとされ、具体的な基準については半分程度の減収を想定しています。
https://cdp-japan.jp/news/20200612_3093

 そもそも,法テラスの民事法律扶助の利用基準としては資力要件があり*4,収入要件と資産要件とがあります。
 資力要件はこちらです。

f:id:go3neta:20200619201452p:plain
資力基準。以降,世帯人員が1人増えるごとに3万(3万3000円)増やす。
 世帯収入の平均は約550万円のようであり*5,手取りに直せば月35万程度ですので,世帯の平均を下回ればすぐに収入基準を満たすことになりそうです。
 資産要件は,不動産,有価証券,現預金が180~300万円(1人から4人以上で変動)以下です。
 この資力基準を満たさない人でも,半額に減収となれば利用が可能になるというわけです。
 半額の減収というのはそれ自体,厳しい条件のようにも見えます。
 しかし,この条件がさらに利用しやすくなる可能性は否定できないところです。
 また,先に述べた収入要件は,2ヶ月分の給与明細と前年の課税証明・源泉徴収票等で疎明するので,多少の減収でも本来の収入要件を満たす可能性があるでしょう。*6 また,預貯金を切り崩して凌いだ結果,資産要件を満たしてしまうこともあり得るでしょう。
 以上のように,ただでさえ収入や資産が目減りする状況なので,法律扶助案件の要件を満たす人が多くなることは必定です。

2,法テラスの報酬水準は極めて低廉な上,手続が煩雑

 前者の点について,立憲民主党の打越さく良先生がエビデンスが欲しいと言っていました。


 じゃあ,法テラスの報酬基準と,多くの法律事務所が採用している日弁連旧規定とを比べてみましょう。
 法テラスの報酬基準がこちら。
https://www.houterasu.or.jp/housenmonka/fujo/index.files/100861468.pdf
 で,日弁連旧報酬規程がこちら。*7
https://yamanaka-bengoshi.jp/wp-content/uploads/2019/06/%EF%BC%88%E6%97%A7%EF%BC%89%E6%97%A5%E5%BC%81%E9%80%A3%E5%A0%B1%E9%85%AC%E7%AD%89%E5%9F%BA%E6%BA%96%E8%A6%8F%E7%A8%8B%EF%BC%88%E5%B9%B3%E6%88%90%EF%BC%91%EF%BC%96%E5%B9%B4%EF%BC%94%E6%9C%88%EF%BC%91%E6%97%A5%E5%BB%83%E6%AD%A2%EF%BC%89.pdf
 といっても表だけ見ても分からないので,典型的な金銭請求事件の経済的利益との関係でどういうことになるのかエクセルでまとめてみました(消費税込み,事件の難易により増減も可能。)。
 着手金がこちら。
f:id:go3neta:20200621112505p:plain
法テラスの報酬基準と日弁連旧報酬規程との違い(着手金)
 報酬がこちら。
f:id:go3neta:20200621112542p:plain
法テラスの報酬基準と日弁連旧報酬規程との違い(報酬)
 少しでも面白くなればと思ってポップ体で表を作ったんですが,ちっとも面白くありませんね。報酬が安いという話はこの表に尽きているかと思います。これを見てもダンピングでないとすれば,そのエビデンスを持ってきてほしいものです。 
 ちなみに,100万円を請求する場合,法テラスを利用した方が着手金では得をする結果となりますが,法テラスにはこういうバグが稀によくあります。他にも,1~4社に対して任意整理を受任すると法テラス利用の場合,11万円となって,(おそらくは)多くの事務所の基準を超えてくることがありました*8


 手続が煩瑣なのは言うまでもないでしょう。
 申込みのためには,
・援助申込書
・法律相談票
・資力申告書
・事件調書
口座振替依頼書
を提出し,このほか,収入資料,住民票,登記簿等の提出を迫られます。*9
 その上で,契約書と重要事項説明書を弁護士側が対応する必要があります。従前は法テラスの地方事務所が請け負っていたのがなぜか弁護士側に押しつけられた経緯があります。
 さらには,着手・中間・終結の各報告書,方針が変われば方針変更報告書,追加で費用がかかれば追加費用支出申立書等を提出します。
 扶助案件をやっているとこのほかにも様々な雑務が発生します。私はすべて自分で対応していますが,事務に投げたとしても大変な作業です。
 最近は各種書式も自分で用意しなければなりません。ご親切にも,法テラス側では書式を公開しているのですが,・・・まあ実際にご覧ください。
www.houterasu.or.jp
 これを見て,自分が必要な書式を一発で探せますか? 書式を探しに来たのに一番上にあるのは法テラスとの扶助契約の申込書ですからね・・・。
 いやー,こんな感じで実に使いやすい手続ですね。これらに掛かる時間も含めて上記の報酬ですからね。制度を作ってる奴らと違って,俺たち底辺弁護士は細かい書式も全部自分で記入させられてるんですけど・・・。

3,弁護士には法テラス制度の教示義務(努力義務)があり,教示があればそちらに流れるのは必定

 後段の「安く使える制度があればそちらに流れること」は自明でしょう。
 では,前段について。
 弁護士職務基本規程という倫理規程が定められています。弁護士はこれに違反すると懲戒請求を食らったりしますし,これの解釈運用の学ぶ倫理研修を定期的に受講する義務があります。
 その33条には次のような規定があります。

(法律扶助制度等の説明)
第33条 弁護士は,依頼者に対し,事案に応じ,法律扶助制度,訴訟救助制度その他の資力に乏しい者の権利保護のための制度を説明し,裁判を受ける権利が保障されるように努める。
https://www.nichibenren.or.jp/library/ja/jfba_info/rules/data/rinzisoukai_syokumu.pdf

 はい,これが教示義務です。「努める」とあって明示的に努力義務ではありますが,弁護士職務基本規程の解説書でも

 したがって,弁護士は資力に欠ける依頼希望者に対しては,法律扶助や訴訟救助の制度の内容を説明し,可能な限り,それらを利用するように勧めるべきであって,支払能力の不足を理由とする単純な受任拒絶は本条の趣旨に沿う態度とはいえない。
解説弁護士職務基本規程第3版 114頁

と釘が刺されています。やり方次第では品位を害するとして懲戒事由に当たる可能性も否定はできないでしょう。
 「法テラスなんか切れ」とか言ってる品位の高い諸兄には関係のない話かも知れませんが,都市部の先生と違い,地方の弁護士は受任を拒絶するのが忍びないこともありますし,受任を強く要請される紹介案件などもありますし,言うほど簡単に切れないっすよ。
 いずれにせよ,教示する義務があるということです。特措法案が万が一成立すれば,教示するまでもなく大きく報じられ,法テラス側も大きく告知を行うことから,依頼者の方からこの制度の利用の申し入れも増えるでしょう。
 そうなったときに,「法テラスを切れ」と言い続けられるでしょうか。

4,弁護士たちは法テラスの低い水準の報酬で受任を迫られる

 ここまで述べてきた論理を積み重ねるとこの結論になります。
 「お前ら成仏,オレ手柄」

今後に向けた意見

 階猛先生は,法科大学院制度を批判するなど,一連の司法制度改革を批判していた旗手だと認識しており,陰ながら応援しておりました。しかし,今回の法案だけはいただけません。
 上記の問題は代理援助の要件を緩和しようとする点に起因します。要件を緩和するよりも,利用者の償還の必要がない法律相談援助を有効に利用して困っている人を探すことに注力すべきでしょう。本件のリーディングケースとなった東日本大震災の時にも,無料相談が政策形成にも大きく寄与しました。
 ひいては,法律扶助がリーガルエイドではなくリーガルローンであることもこれを期に考え直すべきでしょう。償還免除のハードルを下げれば真の意味のリーガルエイドに近くなるはずです。そして,償還があることから低廉に押さえられている報酬基準も高くすることができるようになるでしょう。

結びに代えて

 仮にこの法案が通って弁護士たちが疲弊したとしても,日弁連には自衛隊に反対する人が多いから飛行機すら飛ばしてくれないでしょうね。南無。

*1:あれだけブログが炎上しても国選も精力的にやっています。

*2:法律扶助なのにどうして「援助」なんですかね。すっげぇややこしいんですけど。

*3:そのくせ法テラスはリーガルエイドだと言い張っています。

*4:「勝訴の見込みがないとはいえない」とか「扶助の趣旨に適合」とかの要件もありますが通常は問題になりません。

*5:https://career-picks.com/average-salary/setainenshu-heikin/

*6:休業手当として6割しか受け取れなかったケースでは容易に満たすでしょう。

*7:山中先生,ありがとうございます。

*8:今は運用が変わったという情報がありました。https://www.houterasu.or.jp/chihoujimusho/saitama/page17_00019.html

*9:申込書には調書作成時間も書くことになっており,相談時間?に含まれることになっています。そのくらい面倒だということは法テラス側も理解しているような気がします。