刑裁サイ太のゴ3ネタブログ

他称・ビジネス法務系スター弁護士によるニッチすぎる弁護士実務解説 TwitterID: @uwaaaa

ジャニーズ判例百選

はじめに

 最近,ジャニーズ事務所絡みの話題が多いので,同人誌「大嘘判例八百選[第6版]」に掲載した「ジャニーズ判例百選」をブログ用にシングルカットしました。
 大嘘判例八百選シリーズについては以下の記事をご覧ください。
keisaisaita.hatenablog.jp


原文のはしがき

 本書もシリーズを重ねること6版を数えた。ご多分に漏れず,マンネリやネタ切れが目につき始め,目に余るほどになってきたところである。
 そこで,マンネリ打破のため,いわゆる「ジャニーズ事務所」に関係する裁判例をリサーチしてみることにした。
 ジャニーズ事務所-正確には「株式会社ジャニーズ事務所」とその関連会社であるが-は,いわゆる「ジャニーズ系」のタレントが所属する芸能プロダクションであるところ,肖像権等の知的財産権関係に非常に厳しいことで知られている。インターネット上で,ジャニーズ事務所所属タレントが灰色で塗りつぶされた雑誌の表紙を見たことがある読者も多いであろう。
 では,権利関係が原因で実際に訴訟になった事例はどれだけあるのだろうか。また,ジャニーズ系のタレントが登場する裁判例はどのくらいあるのか。当然に出てくるその疑問に答える形で本稿を起案した。
 本稿においては,上記事情から,いつも以上に公正な論評に務めることとしたい。

東京地判平成10年10月29日判例時報1658号166頁

 ジャニーズ事務所所属グループ「SMAP」のメンバーのインタビュー記事を盗用した書籍を発行した出版社に対し,メンバー及び元のインタビュー記事を掲載した出版社が,盗用書籍の発行の差し止め及び損害賠償を求め,これが認容された事案である。「SMAPインタビュー記事事件」として著名である。
 本件の判示事項の重要なものは,「口述を元にしてインタビュー記事が作成された場合に,口述者(注:インタビュー対象者のこと)はインタビュー記事の著作者となるか」というものである。本裁判例は,具体的な事情から「文書作成のための素材を提供したにとどまる」ような場合については著作者とはならないと判示した。
 この事件の当事者欄が面白い。「SMAP」のメンバーが原告になっているのであるが,「原告中居正広 外五名」とされているのである(なお,森メンバーの脱退前であることに注意する。)。通常,複数当事者がいる場合,代表的な人物・リーダー格を掲げ,「外○名」とするのが訴訟実務である。本件ではやはり中居メンバーがリーダーとされているわけである。ところで,例の一件があった今,このような訴訟が提起された場合には,誰が代表的な人物になるのであろうか・・・。

東京地判平成10年11月30日判例タイムズ995号290頁

 ジャニーズ事務所所属グループ「SMAP」「TOKIO」「KinkiKids」「V6」のメンバーの自宅や実家の住所を掲載する本を出版した出版社に対して,メンバーらがその出版・販売の差し止めを求め,「プライバシーの利益を侵害するもの」として請求が認容された事案である。「ジャニーズおっかけマップ・スペシャル」事件として著名である。
 この出版社,「SMAP大研究」「ジャニーズ・ゴールド・マップ」「タカラヅカおっかけマップ」を相次いで出版しようとしたところ,それぞれ出版を禁止する仮処分を受けてなお出版を強行し,その後,本案訴訟が提起されている。何しろ,上記「SMAPインタビュー事件」の被告もこの出版社である。当時,出版社はマスコミ宛てにジャニーズ事務所との対決姿勢を示したFAXを流していたようであり,なかなかにチャレンジングな出版社である。これだけ訴訟を起こされているのに,現在も元気に「ジャニーズおっかけマップ」を出版しているというのだから凄い(さすがに内容はプライバシーを侵害しないようにしていると思われるが。)。
 この裁判例でも,各グループのメンバーを列挙する順序が興味深い。「SMAP」は「原告中居正広、同木村拓哉、同稲垣吾郎、同草彅剛、同香取慎吾」の順,「TOKIO」は「原告長瀬智也、同城島茂、同山口達也、同国分太一、同松岡昌宏」の順,「KinkiKids」は「原告堂本剛、同堂本光一」の順,「V6」は「原告坂本昌行、同長野博、同井ノ原快彦、同森田剛、同三宅健、同岡田准一」の順である。ここでもやはりリーダー格が先頭に来るものと思われるところであるが,「TOKIO」については城島リーダーではなく,長瀬メンバーが先頭に来ている。平成10年頃にはまだ序列が定まっていなかったのであろうか。

東京地判平成25年4月26日判例時報2195号45頁

 ジャニーズ事務所所属グループ「嵐」及び「KAT-TUN」のメンバーらが,その撮影及び出版につき許諾を得ないまま書籍に写真を掲載されたとして,パブリシティ権を理由に書籍の出版・販売の差し止め,損害賠償を求めた事案。ピンクレディー事件(最判平成24年2月2日民集66巻2号89頁)を引用し,本件ではパブリシティ権を侵害して不法行為法上違法となるとして,請求を一部認容した。
 原告メンバーの並び順が気になるところであるが,仮名処理されていて判然としない。しかし,ご丁寧にも,書籍名が掲載されたメンバーと対応して公表されており,これで簡単に判別がつく。さくっとぐぐったところ,「嵐」は,大野,櫻井,相葉,二宮,松本の順,「KAT-TUN」は上田,中丸,田口,田中,赤西,亀梨の順であった。後者は,Yahoo!知恵袋情報によれば,結成時に上田メンバーがリーダーに選ばれたものの,後にリーダーを辞めたとされていることと併せて考えると興味深い。

東京地判平成元年9月27日判例時報1326号137頁

 ジャニーズ事務所所属グループ「光GENII」が,パブリシティ権を被保全権利として,許諾なしに氏名・肖像を表示した商品について,販売禁止仮処分決定が認められたのに対して,これを取り消すよう出版社側が求めた事案。
 【「光GENJI」こと内海光司<ほか14名>】との表記。ほかの8名は出版社やジャニーズ事務所等ではないかと思われる。リーダーはやはり内海メンバー。

東京地判平成28年4月18日裁判所HP

 串カツ店を経営する原告会社の内紛により取締役を解任された被告が,原告の店舗の契約を被告に切り替えて競業を行ったことに対する損害賠償等を求めた事案。
 何がジャニーズに関係するかというと,この串カツ店の名前が「かつーん」なのである。
 本件訴訟においては,商標権に基づいて被告標章の使用差し止め請求もされていたところ,被告はありったけの抗弁を提出している。先使用権の抗弁の中で「ジャニーズ」の名前が登場する。すなわち,商標登録の前から標章を使用していたことの根拠として,陳述書において「平成23年5月16日にフジテレビで放送された「HEY!HEY!HEY!」でも,ジャニーズグループの「KAT-TUN」と同様の名前の串かつ店として紹介されています。」と述べているようである。しかし,裁判所は,どのような放送がされたのかに関する客観的な証拠がないとピシャリ。結局,被告標章の使用の差し止めも認められてしまった。
 なお,裁判所HPで裁判例を見ると,実際の被告標章を確認できるので興味のある読者は各自ご覧いただきたい。

東京地判平成13年12月17日判例タイムズ1102号230頁

 原告のあざと,それを除去するレーザー治療によってできた瘢痕を除去するために,被告(国)の医師が皮弁移植手術(血流のある皮膚を移植すること)を実施したところ,醜状や痛みが生じた事案につき,説明義務違反があったとして500万円余りの損害賠償を認めたもの。
 あれ? ジャニーズ関係ない? と思うのには早い。
 被告の医師が,問診中,「本件瘢痕等は洋服で隠れる部分なのだから、無理して手術をすることはなかったのではないか」等と尋ねたところ,原告が「あなたは、私がこの背中のあざでどれだけ苦労したか知らないからそういうことが言えるのだ。私は、ジャニーズ事務所に入る予定であったが、あざのために入れなかった。このあざで私の人生は狂ってしまった」と答えたようである。裁判所の認定では答えたことは認めているが,実際にあざがあったためにジャニーズ事務所に入所できなかったことは判断されていないようである。実際のところはどうであろうか。

名古屋地判平成23年5月20日判例時報2132号62頁

 同級生から継続的ないじめを受けたことにより,転校後,解離性同一性障害に罹患し,その後自殺した女子生徒の相続人が,学校を運営する学校法人・担任教諭等を被告として損害賠償を請求した事案。
 いじめのひとつとして,女子生徒がロッカーに入れていた「アイドルグループ『嵐』の『相葉雅紀』のポスター(以下『相葉ポスターという。』)」を破ったり,くしゃくしゃにされたことが認定されている。なお,交換日記の記載が引用されて「ロッカーに入ってた相葉〔C〕のポスタービリビリにされる」と記載されているが,この〔C〕はc(まるシー)のことで,「ちゃん」を表す隠語ではないかと思われる。草彅剛メンバーの「彅」の字をわざわざ外字を作って表示したり,別件ではわざわざ「マル秘」の外字を作るなど,外字を作ることに強い拘りをもっているウエストローでも,これはそのまま〈C〉と表記されていた。残念。

東京地判平成14年3月27日ウエストロー

 ジャニーズ事務所の代表者が,週刊誌で報じられた数々の疑惑について,名誉毀損等を理由に慰謝料等を求めた事案である。
 裁判所は,週刊誌の記事を仔細に検討し,以下の事実の摘示がそれぞれジャニーズ事務所及びその代表者らの社会的評価を低下させるものであると指摘した。そして,そのそれぞれにつき,真実性の抗弁・相当性の抗弁の成否を検討している。
(1) 原告Aは、少年らが逆らえばステージの立ち位置が悪くなったりデビューできなくなるという抗拒不能な状況にあるのに乗じ、セクハラ行為をしていること(本件記事2、3、5、6、7)
(2)-1 原告らは、少年らに対し、合宿所等で日常的に飲酒、喫煙をさせていること(本件記事2)
(2)-2 原告らは、少年らに対し、学校に行けないスケジュールを課していること(本件記事2)
(2)-3 ジュニア4人が万引き事件を起こしたにもかかわらず、テレビ局も原告事務所もこれを封印したこと(本件記事4)
(3)-1 原告ら、とりわけ原告事務所が、フォーリーブスのメンバーに対して非道なことをしていること(本件記事1)
(3)-2 関ジャニは、原告事務所から、給与等の面で冷遇されていること(本件記事5)
(3)-3 かねてより、原告事務所に所属するタレントは冷遇されていたこと(本件記事6)
(4) 原告事務所所属タレントのファンクラブについて、ファンを無視した運営をしていること(本件記事8)
(5) マスメディアは、原告事務所を恐れ、追従していること(本件記事4)

 このうち,真実性の抗弁ないし相当性の抗弁が成立するとされたのは,(2)-3,(3)-3,(4),(5)である。
 特に興味深いのが(5)である。次の事実を摘示しながら,真実性の抗弁ないし相当性の抗弁を成立させている。SMAPのメンバーである森且行メンバーがオートレーサーになるためにSMAPを辞めた以降,SMAPの映像を放映する際,森メンバーが写らないようにしていること,テレビ局のプロデューサーに取材した結果,メリー○○(原文ママ)が,もともとSMAPに森メンバーなどというメンバーはいなかったという趣旨の発言をしていたとの情報を得たことである。
 なお,被告はセンテンススプリングであった。

(初出:2016(平成28)年8月,刊行直前にSMAPが解散するという報道があるという数奇な運命をたどった。)

国選弁護報酬について本気出して考えてみた

はじめに

 今年の7月頃から被疑者国選の対象事件が拡大され,全勾留事件について被疑者国選がつけられるようになります。
 このことを受け,水面下で法テラスと日弁連との間で国選弁護報酬について,削減されるような方向で話をしているようです。
 そんな中,このような無茶ぶりを受けてしまいました。


 こんな無茶ぶりに対応するほど暇じゃないんですが^^;;;;;;;;;;;;
 とはいえ,この状況を黙ってみているサイ太ではありません。大嘘判例八百選[第9版]に載せた,「国選弁護報酬について本気出して考えてみた」をここにシングルカットしたいと思います。 
 割と真面目に書いてますので,これを元に国選弁護報酬について議論が深まったらいいなと妄想しています。


序文

 当職は,以前,国選報酬基準について問題提起するため,「国選弁護事件で稼ぐ方法」というブログ記事を書いたことがありました。
keisaisaita.hatenablog.jp
 この記事はありがたくも多くの方に支持されましたが,「不適切」であるとの批判も多く受けることになりました。当職のキャラクターを知っていれば,この記事が皮肉であるとすぐに理解できると思われますが,文章だけではなかなか伝わらないものですね。皮肉って大きく書いてあるのに。その節はいい勉強になりました。
 さて,そんなこんなで,当職は国選弁護報酬については一家言あるわけですが,そんな中,先日,日弁連が国選弁護報酬についてのアンケートを実施したようです。日弁連の理事会の議事録によれば,このアンケートを基に法テラス,ひいては財務省と掛け合うようです。
 当職もさっそく回答しましたが,なかなかその結果が出てきません。そこで,その内容を踏まえて改めて問題提起をするべく,今度は国選弁護報酬について真面目に問題点を検討してみました。

総論

 国選弁護報酬はどのように定められるべきでしょうか。
 単純な発想として,「労力と得られた成果に応じた報酬」とすべきであることは当然でしょう(民事などでは目的物の価額によって報酬が決められますが,これが労力と必ずしも比例しないようにも思われるところですが・・・。)。
 そうすると,基本的には汗を流した方が報酬が高く,得られた成果が大きければ報酬が高くなる制度が望ましいことになります。
 他方で,現在の国選弁護報酬の基準は,「機械的に算定できる」ことに重きを置き,「労力と得られた成果に応じた報酬」という要素はほんのスパイス程度に考えられているに思われます。これは,法テラスの意向はもちろんのこと,真の敵である財務省からの圧力によるものではないかと推察されるところです(国選ブログ事件の際も,「敵は財務省」という話が出ていましたね。)。
 この基準については,弁護活動の質を法テラス,ひいては法務省が評価することが妥当かどうかという議論からも正当化されうるものです。
 しかしながら,「機械的に算定できる」ことに囚われるがあまり,他の要素が蔑ろにされているのが現状です。

提言-「被疑者・被告人の権利を守る方向にインセンティブを働かせる」

 現在,多くの弁護士が国選弁護を担当しており(日弁連の資料によれば,約7割の弁護士が国選弁護人契約をしています。),その多くの弁護士との間で国選弁護契約を締結している法テラスとしては,その多くの弁護士を適切に誘導していくことが,システムを構築する側の当然の責務だと思います。
 憲法37条に規定されている弁護人選任権を保障する制度に,「機械的に算定できる」ことを重視するような程度の覚悟で首を突っ込むべきではありません。憲法に明文で保障されていてもこの程度の扱いなのかという意味では,憲法改正で教育無償化を謳う美辞麗句の欺瞞を如実に表しているかも知れません。
 国選弁護を担当する弁護士は多く,かつては詐欺を働く愚か者がいました。それ自体,弁護士の側も反省すべき点はあるかも知れません。そこで,そのような愚か者を排除し,心ある弁護士が国選弁護を経済的な心配をすることなく受任させる方向に導くことが望まれます。
 これらの問題を解消するため,私は「被疑者・被告人の権利を守る方向にインセンティブを働かせる」という方向性を提案します。国選弁護人を導くという意味では,このような方向に努力をさせることは弁護人の責務にかないますし,なにより,このような権利が実現されるのであれば,国民からの理解は得られやすいでしょう(圧倒的な政治力を背景に「必要な負担は国民に求めざるを得ない。」などと放言できる某団体とは違うのです。)。

各論

 以上の総論を,具体的な場面に応じて検討します。ここでは,敢えて「全体的に報酬がクソ安いから上げろ」というような話はしていません。あくまで,上記のインセンティブを働かせるべきという観点からの指摘です。

・「被疑者段階・被告人段階で,示談による報酬が同じであること」はおかしい
 現在の報酬規定では,被疑者段階と被告人段階,つまり起訴の前後を通して,示談等をしたことに対する報酬が同額となっています。起訴の前と後でやることは同じ,同じ報酬だというわけです。
 しかしながら,このようにするとどうなるでしょう。
 同じ報酬ならいつやっても同じです。被疑者段階は最大でも20日ですが,被告人段階なら1回結審の事案でも期日まで1ヶ月以上あります。のんびりやる方が楽に決まっています。
 しかも,被疑者段階で示談を成立させてしまえば,起訴猶予処分になる可能性が高まり,被告人国選事件になれば得られていたであろう報酬を失います。
 このように,現状の規定では,①示談報酬が起訴前後で同じなので,時間的余裕のある起訴後にやる方が楽であること,②示談をしないことによって被告人国選の報酬をみすみす失うことから,起訴前の示談に対するディスインセンティブが2重に働いていることになります。
 これを解決するのは簡単で,起訴前の示談報酬を上げればいいだけのことです。上記のディスインセンティブが両方とも解決します。「国民の視点」的に言っても,早期に示談を成立させる方向にインセンティブが働くことになりますから,理解も得られると思います。

・「認定落ち的訴因変更」の場合にも特別報酬を加算するべき
 これは実体験です。
 起訴後,公判前整理手続中に検察官と法的議論を尽くした上で,認定落ち的に訴因が変更された事例がありました。
 判決において認定落ちとなれば,特別報酬の対象となるため,このような訴因変更でも当然に特別報酬の対象になると思っていました。しかし,事件終了後に届いたのは「訴因変更では特別報酬としては認められない」という通知文でした。当時の私は弁護士2年目の駆け出しだったので,そこで涙を飲んでしまいましたが,今なら全力で異議申立てをしていたと思います。
 さて,「認定落ち的訴因変更を公判前でさせる」のと「判決で認定落ちにさせる」のとでは,どちらが被告人の権利を確保していることにあるでしょうか。判決で認定落ちになるということは,裁判においても認定落ちが争点となり,検察官との間で争われることになります。当然,結果が出ずに訴因どおりの罪が認定されてしまう可能性もあるでしょう。他方で,訴因変更を事前にさせてさえいれば,争点とはならなくなり,被告人の地位は安定します。
 以上からすれば,このような訴因変更の場合にも特別報酬を出してしかるべきです。その算定に当たっても,起訴状と,訴因変更申立書や判決とを見比べれば容易に判定できるでしょうから,機械的な算定にも馴染むものです。

・起訴日と同一日の接見は報酬の対象とするべき
 現在の規定では,起訴後の接見では接見報酬は出ません。しかし,起訴されたかどうかの連絡はないのが普通です。そのため,知らずに接見に行き,起訴されていたというケースもよくあります。この場合,少し前であれば各地方事務所で報酬を算定していたことから,空気を読んでくれることも多かったと聞いています。しかしながら,本部で集中的に算定するようになり,機械的に取り扱われるようになったため,接見報酬が出ないようになったと聞いています。
 しかし,被告人の立場から考えるとどうでしょうか。起訴されたとすれば,その後の手続がどう進んでいくのか心配になります。また,保釈も可能になりますからそのことの説明を聞きたがっているかも知れません。そのような中,接見報酬が出ないのでは,接見に行くのを怠る方向にインセンティブが働いてしまっています。
 もちろん,起訴後にも接見報酬を付けるべきではありますが,少なくとも,起訴日と同一日の接見は起訴の前後を問わずに報酬の加算対象とすべきであると考えます。


・被疑者の飼っているペットの餌やりにも報酬の手当をすべき
 我が国では,ペットを飼養することは社会の様々な階層に普及しており,当然,被疑者もペットを飼っていたりします。身内がいればいいものの,独り身のさみしさを紛らわせるためにペットを飼っていたりすると,ペットの生命にも危険が及びます。
 そこで,国選弁護人がその世話をするために駆り出されるわけですが,これに対する報酬の手当は現状ありません。職務基本規程上,別途の費用を取るわけにもいかず,ペットの世話を頼まれた若手弁護士が悩むポイントでもあります。
 人里を犯す熊を射殺すると熊を殺すなとかいう投書が寄せられる世の中ですから,こういう費用を支出しても国民の理解は得られるんじゃないですかね。
 賢明な読者には伝わっていて欲しいですが,この項はサイ太流のジョークです。ただ,ここに記載した問題意識は真面目です。リアルで「国選弁護人の職務の範囲ではありませんので諦めてください」と伝えて信頼関係を保持できるスキルが欲しいです。

懸念

 ただ,このような方向性を取ることには,懸念がひとつあります。それは,「被疑者・被告人の権利を守って現状の報酬,少しでもサボると現状よりも減額になる」という報酬基準を策定してくる可能性です。
 たとえば,これまでの財務省のやり方からすると,「被疑者段階で示談すれば現状どおり,被告人段階で示談してもそれは時間的な余裕もあって楽勝ということだから現状よりも減額します^^」「起訴後に接見を一定回数以上行っていないと報酬を減額します^^」などと言い出しかねません。
 法テラス・財務省との折衝を担当する日弁連関係者には,弁護士のため,ひいては被疑者被告人のために,全力で戦ってきて欲しいと思います。

「有罪率が99.9%」という話の出所はどこか

はじめに

 『99.9-刑事専門弁護士- SEASONⅡ』が始まりました。
 前作同様,法廷シーンの作り込みが尋常ではなく,関心して見ております*1
 ところで,前作が放映されている頃に,タイトルになっている「99.9」は有罪率を本当に示すものかどうかを検証する記事を書きました。
keisaisaita.hatenablog.jp
 結論を一言で言うと,「平成26年の統計」「地方裁判所及び簡易裁判所の第1審で公判請求された事件」「形式裁判ではなく実質裁判の件数を母数とする」という,暗黙の前提となっている条件を設定すると,有罪率は99.9%ではないという結論でした。
 高い有罪率なのは問題であるものの,それを検証せずに「99.9」という数字が一人歩きしている現状に警鐘を鳴らす記事でした。


 前回は検証しただけで満足してしまいましたが,よくよく考えるとじゃあ「99.9%」という数字の出所はどこなのかが気になってきました。「99%」という人もいたりして,表記揺れも気になるところです。
 そこで,いつもどおり業務を放り出して今回も検証することにしました。
 第2期が始まったタイミングで記事を書くとPVが伸びそうですし。

検証の方法

 今回はGoogle検索でガンガン昔の記事を掘り起こしていきます。クソブログやまとめサイトが出ないように検索する時期を絞って,古い記事を探します。
 また,未だに読み方が分からない"CiNii"という論文検索サイトも使ってみました。

Google検索の結果

 インターネットが普及したのは1990年代後半,Googleが本格的に出てきたのが2000年代初頭の頃であったかと思います。
 そこで,まず,2000年の頃のページを検索すると,こんなページが引っかかりました。長めですが引用します。

99・9パーセントの有罪率
 レジュメの方に、いくつかの本を参考に、その文章を抜き書きしているものが資料としてあります。

 まず一つ、「日本の司法文化」と書き出していますけ れども、とりわけ日本の刑事司法における一番大きな問題は刑事裁判における有罪率、これは非常に大きな問題をはらんでいるのではないかと思っています。有罪率はなんと99・9%です。99・9%以上なんですね。つまり、千人に一人無罪が出ればええとこだという状態。そういう状態が今の刑事司法の状態なんです。
 具体的に、1996年の場合、その年に求刑がなされて判決が出されたものだけの数なんですけれども、全体で5万4221人の人達が求刑を受け判決をこの年に迎えています。その結果、5万4221人のうち無罪は35人なんです。これ、どれだけの数かというと大変な数字で、逆に5万4千何人の人は有罪だということになります。無罪率は0・06%、有罪率は99・94%ということになります。
 ただし、否認事件に限りますと、つまり法廷で自分はやっていませんというふうに否認した人について言いますと、もう少し無罪率は上がります。5万4221人のうち否認した人は3660人。そのうち無罪判決が出たのが35人ということになります。パーセンテージにしまして0・96%です。ですから否認事件に関しては99%が有罪で残り1%位が無罪になりうる、つまり百人中一人ということになります。
 これは世界的には類を見ないことなんですね。例えばアメリカ、イギリスのように陪審制を敷いている所でありますと、数10パーセント、無罪が出るわけです。制度が違いますので単純に比較できないにしても、日本の場合、これだけの数ということは、つまり起訴されればほぼ間違いなく有罪だということになります。

 もう一つ言いますと、裁判が機能していないとも言えますね。
http://tomiyama-mujitu.net/news/n2000/n141.htm

 冤罪支援をしている団体の講演録です。講演者の浜田寿美男博士は,証言の信用性についての研究をしているようです。
 ページの情報から,2000(平成12)年3月18日の講演録であるようです。
 これを見ると,具体的に検証をしながら,「有罪率はなんと99.9%」と述べておられます。「昔から99.9%以上などと言われてきました」的な書き方ではなく,検証をした上での数字です。しかも否認事件についても言及しています。


 ついで,2001(平成13)年を検索してみると,こんなサイトが。引用します。

日本の刑事裁判の有罪率は非常に高い。平成12年版犯罪白書によれば、平成10年に第1審での判決を受けた刑事被告人は6万8,078人。うち、無罪は61人と なっている。ひとたび起訴されれば、99.9%は有罪となる。
http://www.livingroom.ne.jp/r/responsibility.htm

 いわゆる薬害エイズ事件無罪判決に寄せた,北村健太郎博士のブログ(当時はギリギリブログとは呼ばなかったと思われるが。)です*2
 薬害エイズ事件の第1審判決が2001(平成13)年3月28日に言い渡されていて,このサイトにはその翌日のタイムスタンプがあることから,当時に記されたもので間違いないと思われます。
 北村博士は,社会学者で,病者・障害者の権利について研究されておられるようです。
 ここでも,わざわざ犯罪白書の数字を引用して99.9%という数字を導き出しています。経緯からすると前記の講演録とは独立して導き出した数字のような気がします。
 いずれにせよ,前記の講演録もこのブログも,【法学者や法律実務家ではない者による指摘】という点が非常に興味深いです。ほんっと法律家は数字に弱いですね!
 

 2002(平成14)年になると,「刑事裁判においては、ひとたび起訴されれば99%を超える異常な有罪率」とする自由法曹団のブログや,「無罪率は一部無罪も含めて、地裁レヴェルで0.1%未満である」とする深尾正樹博士の刑事訴訟法の講義のシラバスが引っかかります。
 また,この年には「逆転法廷―有罪率99%の壁」というドラマのノベライズ?作品が登場したりしています。


 2004(平成16)年には,「有罪率99.7パーセントの日本の刑事裁判」とする,東電OL事件の支援者のブログがありました。

 
 その後,大きな変化として,ネット界隈では,2007年に池田信夫氏の以下のブログと
ikedanobuo.livedoor.biz
 それに対するアンサーのモトケン氏の以下のブログ
「有罪率99%」は謎か異常か? - 元検弁護士のつぶやき
などがありました。
 二人とも現在も活動するネット論客ですね。
 この論争のきっかけは映画「それでもボクはやってない」の感想が元になっています。
 映画「それでもボクはやってない」の劇中に,

当番弁護士浜田の台詞
「有罪率は99.9%。千件に一件しか無罪はない。示談ですむような痴漢事件で、正直、裁判を闘ってもいいことなんか何もない」
http://blog.goo.ne.jp/j-j-n/e/38e278b14b6aa95eb2bfbefa5f4edbf6

主任弁護人荒川の台詞
「怖いのは、99.9%の有罪率が、裁判の結果ではなく、前提になってしまうことなんです」
http://blog.goo.ne.jp/j-j-n/e/38e278b14b6aa95eb2bfbefa5f4edbf6

という台詞があったのです。
 この映画はご存じのとおり大ヒットとなり,これで一般の方にもかなり広く知られるようになったものと思われます。


 ここまで調べて思ったのは,ネットの情報では有罪率が99%だったり,99.9%だったり,99.7%だったり,表記に揺れがありまくることです。池田氏は,劇中で「99.9%」と言及されているのに,「99%」としていたりします。表記が揺れるのは,余り検証もせずに記憶ベースで書いたりしているからですね*3
 そういう意味では,この頃までにも有罪率が高いという話は漠然と共有されているものの,その具体的な率は,時たま現れる検証者によって数字が入れ替わるような状況だったのかも知れません。
 それが,映画「それでもボクはやってない」の影響で「99.9%」という数字が固定化したのでしょう*4

テレビドラマ

 一般の方目線で改めて調べると,前の項でさらっと触れた「逆転法廷―有罪率99%の壁」の元ネタになったテレビドラマがありました。
 "弁護士・朝日岳之助"という,日本テレビ系列の火曜サスペンス内で放送されていたシリーズがそれです。
 この第2作が1990(平成2)年5月29日に放送されていますが,そのタイトルが「有罪率99%の壁」というものでした。
 この番組,視聴率が20%を超えていたようですから(すごい時代だ),多くの一般の方が「有罪率がめちゃくちゃ高い」,あるいは「99%だか99.9%だかが有罪になる」的な認識を持つきっかけになったのではないでしょうか。
 

論文の調査結果

 一般にはそんな感じとしても,法律家・研究者の文脈では出所はどこなのでしょうか。
 Ciiで,「有罪率」について言及していた論文を調べたところ,「無罪判決と国家賠償法上の違法性判断」という論文が見つかりました。
 ネットから閲覧できます↓
中京大学学術情報リポジトリ
 中京大学法学部 (当時)の村上博巳博士*5の論文です。1990(平成2)年に世に出た論文です。先ほどのドラマとほぼ同時期ですね。
 これの冒頭に以下のような記載があります。

わが国の刑事犯罪の有罪率は100%に近く,無罪率は約0.01%であるといわれる(1)

 おっ,有罪率を99.9%とする表現ですね。そして脚注(1)が付いています。脚注には以下のような文献が挙げられています。

長井圓「無罪判決の確定と公訴の提起・追行の違法」法律のひろば37巻10号5頁

 この「法律のひろば」が1984(昭和59)年10月に世に出たようです。すぐに文献を調べられませんので確定ではありませんが,これが「有罪率が99.9%」とする話の大本ではないかと思われます*6

まとめ

 法律家・研究者の間では,昭和59年頃までには「有罪率が99.9%」という認識を持っていた。
 一般人の間では,平成2年頃の火曜サスペンス(視聴率20%)で「有罪率99%」という数字が紹介された。その後も冤罪支援関係者等の間でも独自にこの数字が紹介されるなどしていたが,映画「それでもボクはやってない」の劇中の発言の影響で大きく人口に膾炙した。
 ということになりそうです。
 仕事の片手間に検証しただけなので,更なる検証は他の方にお任せします^^

*1:法廷シーン少ないですけどね・・・。

*2:すみません,Twitterでこのブログを紹介した時は偽弁護士騒動で知られる江川紹子氏かと思ってましたが,違いましたね。

*3:法曹が苦手な有効数字の概念を持ち出すと,99%は98.5%から99.499...%までを含むのでやたらと広い概念なんですよね。

*4:その後も伊藤真塾長が2008(平成20)年のブログで「有罪率99%」と言ってたりしますが,法律家は数字に弱いので・・・。

*5:元裁判官の研究者のようです。

*6:誰か法律のひろば調べてください^^;