刑裁サイ太のゴ3ネタブログ

他称・ビジネス法務系スター弁護士によるニッチすぎる弁護士実務解説 TwitterID: @uwaaaa

謎解き関係の登録商標まとめ

はじめに

 本ブログ記事は,「謎製作者&謎クラスタの謎解きについてのアドベントカレンダー Advent Calendar 2017」の12月15日分として公開するものです。
adventar.org
 NaganoTakahiroさん(@naganotakahiro)さん,貴重な機会をご提供いただき,ありがとうございます。
 この原稿は,12月31日のコミックマーケット93の3日目で発表する「大嘘判例八百選第9版」にも掲載する予定です。

自己紹介

 一言で申しますと,謎解き好きな弁護士です。
 昨年も同趣旨のアドベントカレンダーに参加させていただきました。詳しめの自己紹介はそちらに譲ることにいたします。
keisaisaita.hatenablog.jp
 ということで2年連続で場違い感がハンパないですが,今回は「謎解き関係の登録商標」について語ろうと思います。

商標って何よ

 特許庁にわかりやすい説明が出ています。

 商標とは,事業者が自己(自社)の取り扱う商品・サービスを他人(他社)のものと区別するために使用するマーク(識別商標)です。
 私たちは,商品を購入したりサービスを利用したりするとき,企業のマークや商品・サービスのネーミングである「商標」を一つの目印として選んでいます。そして,事業者が営業努力によって商品やサービスに対する消費者の信用を積み重ねることにより,商標に「信頼がおける」「安心して買える」といったブランドイメージがついていきます。商標は,「もの言わぬセールスマン」と表現されることもあり、商品やサービスの顔として重要な役割を担っています。
 このような,商品やサービスに付ける「マーク」や「ネーミング」を財産として守るのが「商標権」という知的財産権です。
(以上,特許庁HPより https://www.jpo.go.jp/seido/s_shouhyou/chizai08.htm

 もっと簡単に言えば,「商売上用いるマークやネーミングのブランド価値を守るために,登録されたマークやネーミングに保護を与える制度」ということになります。もっと俗っぽく言えば,「マークやネーミングをパクられた時に文句が言いやすいようにする制度」です。
 こうして登録される商標権ですが,マークやネーミングとそれを使う商品・サービスの組み合わせでひとつの権利となります。こうして紐付けられた商品やサービスを指定商品・役務(えきむ)と言います。指定商品・役務は「類似商品・役務審査基準」という基準を元に指定しますが,権利の範囲を明確にするために独自色を出すことが多いです。

具体例-「リアル脱出ゲーム」

 抽象的な話をしていてもわかりにくいので,具体例を見ていきましょう。
 謎クラスタの皆さんにおなじみの「リアル脱出ゲーム」です。この「リアル脱出ゲーム」は商標登録されています。
 その登録情報を見てみましょう。誰でも簡単に調べられます。
特許・実用新案、意匠、商標の簡易検索」で,左のボックスを「商標を探す」に選択して,「リアル脱出ゲーム」と入力して検索してみましょう。2件出てきたはずです。

 このうち,登録が古い方を開いて,右上の「公報」をクリックするとこんな情報が出てきます。
f:id:go3neta:20171214234309p:plain
 これを見ると,「リアル脱出ゲーム」という商標が平成21(2009)年10月27日に出願され,平成22(2010)年6月4日に登録されていることが分かります。不朽(普及?)の名作「終わらない学級会からの脱出」の初演が平成21(2009)年11月5日~9日だったそうですが,その当時に商標登録をしたことになります。
 そして,指定商品・指定役務は「第35類 企業の広報活動の企画に関するコンサルティング」と「第41類 適正試験の企画・実施,娯楽の提供,スポーツ及び文化活動に関する知識の教授」とされています。このことから分かるのは,この時点で「企業の広報活動の企画に関するコンサルティング」として,企業広告とのタイアップやIPを利用したコラボレーションを想定していたこと,そして,謎解き公演について「適正試験」的なものと捉えていたことです。
 第9段の公演「終わらない学級会からの脱出」のタイミングで,他の団体に先駆けて,このようなことを見据えて商標登録しているあたり,株式会社SCRAPの本気を見た気がします。「先見の明」という言葉がぴったり来る気がします。
 なお,もう1件,「リアル脱出ゲーム」という商標がありますが,これは追加で登録されたものです。指定商品・役務を見ると,「コンピュータ用ゲームソフトウェア」等,ゲームを見据えたものになっています。平成25年11月19日に出願していますが,「REGAME」をやっていたのが平成24年~平成25年なので,これを睨んだか,新たな展開を構想していたのか・・・そんなことを考えるのも楽しいです。
 このような感じで,謎解き関係で登録された商標を見ていると色々なことが見えてきます。ほら,面白そうでしょ?
 以下の調査は,ワイルドカード検索(「?謎?」「?脱出?」)や,知っている団体名を出願人とする商標の一覧などを検索して行いました。抜けているものが多分にありそうですが,この記事自体デバッグ公演みたいなものですので(言い訳)。

株式会社SCRAP関係

 以下の表のとおりです。表の中のよく分からない記号は今回はあまり気にされなくて大丈夫です。

商標名 番号 出願日 登録日 区分 特徴的な文言 商標権者
リアル脱出ゲーム 登録5327181 2009/10/27 2010/6/4 35 41 適正試験の企画・実施 娯楽の提供 スポーツ及び文化活動に関する知識の教授
real escape game by SCRAP 登録5478458 2011/10/3 2012/3/16 41
REGAME 登録5535998 2012/6/1 2012/11/16 41
謎箱 登録5554249 2012/9/3 2013/2/1 20 35
東京迷宮パズル 登録5612651 2013/3/28 2013/9/6 35 41
伝説のゲームセンターからの脱出 登録5652801 2013/9/24 2014/2/28 41 家庭用テレビゲーム機用プログラム 株式会社タイトーと共同出願
ナゾビル 登録5666193 2013/11/19 2014/4/25 35 41
リアル脱出ゲーム 登録5666194 2013/11/19 2014/4/25 9 16 28 35 42
スパイ大戦からの脱出 登録5707647 2014/5/22 2014/10/3 41 家庭用テレビゲーム機用プログラム 株式会社タイトーと共同出願
くまクロ 登録5846514 2015/10/13 2016/4/28 9 41
§くまクロ\CROSSWORD RPG 登録5846515 2015/10/13 2016/4/28 9 41
§謎検 商願2017-074536 2017/5/23 16 41 42 パズルやクイズに関する検定試験の実施と及び認定 パズルやクイズに関する検定試験の模擬試験の企画・実施・運営
地下謎 商願2017-074903 2017/6/5 41
リアル潜入ゲーム 商願2017-074904 2017/6/5 41
ナゾトキ街歩きゲーム 商願2017-074905 2017/6/5 41
real stelth game 商願2017-074906 2017/6/5 41
TOKYO MYSTERY CIRCUS 商願2017-143298 2017/10/30 16 35 41 興行の企画・運営又は開催(略) 娯楽施設の提供
超破壊計画からの脱出 登録5813783 2015/7/29 2015/12/18 9 任天堂株式会社。家庭用テレビゲーム機用プログラム
謎カラ 登録5627151 2013/6/7 2013/11/1 9 35 41 株式会社エクシング。販売促進のためのクイズの実施に関する情報の提供

 多いので箇条書きでコメントしましょう。
・割と早い段階(2011年10月)の段階で英語の商標を取得しています。2012年5月に行われたシンガポール公演(英語版人狼村からの脱出)を見据えたものでしょうか。
・謎箱ってこんなに前からあるんですね。
・リアル脱出ゲームセンターの2つの登録商品はなぜ「家庭用テレビゲーム機用プログラム」なんでしょうか。中で動いてるのは家庭用テレビゲームなのかしら。
・リアル脱出ゲームセンターは株式会社タイトーと共同出願なのに,ニンテンドウ3DSの超破壊計画からの脱出と,カラオケのジョイサウンドと組んだ謎カラは共同出願ではなくてあちら側サイドだけが権利者に。力関係を感じますね。
・東京ミステリーサーカスは,今回のリサーチをした当時は出願されたという情報が出てませんでした。原稿を書く段階で念のために調べたら出てきたので一安心。指定商品もこなれてきていますね。
・やり始める前に商標を準備しておくパターンと,後で商標を取るパターンの両方がありますね。REGAMEはvol.1の初演が2012年7月24日のところ,2012年6月1日に出願してます。他方で,東京迷宮パズルは2012年中には開始していたようですが,取得はやや遅れています。東京ミステリーサーカスも,発表から1ヶ月後,開始から1ヶ月半前に取得しています。
・謎検は「パズルやクイズに関する検定」だったんですね。
・くまクロがこの時期なのは・・・。
・地下謎は,都営地下鉄でタカラッシュがやり始めるから取得したんですかね。

その他団体

 雑にくくってしまい,申し訳ありません。

§宝探しサイト\タカラッシュ! 登録5430100 2010/11/11 2011/8/5 41 RUSH JAPAN 株式会社。クイズとゲーム的要素を取り入れた興行の企画・運営又は開催
リアル宝探し 登録5618361 2013/4/24 2013/9/27 41
§リアル宝探し 登録5643576 2013/8/21 2014/1/17 41
§捜索不能 登録5920171 2016/6/23 2017/2/10 41
地球の歩き方\リアル謎解きツアー 登録5766580 2014/12/26 2015/5/22 39 41 43 株式会社ダイヤモンド・ビッグ社。2015年3月にあったクルーズツアーのようですね。続編はないようですが・・・。
謎解きタウン 登録5774627 2014/12/12 2015/6/26 35 41 DAS株式会社。書籍の制作 ゲームに関する書籍の制作 電子出版物の提供 ゲームに関する電子出版物の提供
§まちクエスト\スマホで謎解きにでかけよう!∞N∞S∞W 登録5624781 2013/6/12 2013/10/25 42 合同会社つくる社
謎解きBAR 登録5597715 2013/1/25 2013/7/12 41 43 個人。ゲームに関するイベントの企画・運営又は開催
ナゾトキラリー 商願2017-77775 2017/6/12 41 株式会社謎組。娯楽の提供及びこれらに関する情報の提供 ウォークラリーの興行の企画
▲謎▼解きクロス 登録5682195 2013/12/26 2014/7/4 9 28 41 個人。物語りで謎解きをするパズルゲーム
謎とも\NAZOTOMO 登録5565537 2012/10/17 2013/3/15 41 株式会社ナムコ
ベンチャー\NAZOVENTURE 登録5570572 2012/10/17 2013/3/29 41
謎とも\NAZOTOMO 登録5719769 2014/6/13 2014/11/21 35 43
ナゾラリー\NAZORALLY 登録5714411 2014/7/2 2014/10/31 16 41 クイズ問題を内容とする印刷物 謎解き問題を内容とする印刷物
ロケなぞ 登録5857382 2016/1/12 2016/6/10 9 41 セミナーの企画・運営又は開催 映画・演芸・演劇又は音楽の演奏の興行の企画又は運営
ナゾトモ 登録5857383 2016/1/12 2016/6/10 41
§ロ∞ケ∞なぞ∞Roke Nazo 登録5857412 2016/1/14 2016/6/10 9 41
§なぞとも∞Nazotomo 登録5864401 2015/10/30 2016/7/8 41 43
ナゾメイト 登録5686705 2014/2/12 2014/7/18 16 41 株式会社ムービック・プロモートサービス。セミナーの企画・運営又は開催 美術品の展示
ナゾメイト 登録5686706 2014/2/12 2014/7/18 16 41
謎テインメント 登録5698350 2014/4/22 2014/8/29 35 41 NISSHA株式会社。興行の企画・運営又は開催
ナゾトキアドベンチャー 登録5735207 2014/9/5 2015/1/23 41 株式会社バッドニュース。娯楽の提供 参加型ゲームに関するイベントの企画・運営又は開催
なぞQラリー 登録5397063 2010/7/16 2011/3/11 41 ワーナーディベロプメント株式会社。野外で行うゲーム競技会の企画・運営又は開催

・タカラッシュ関係
 「クイズとゲーム的要素を取り入れた興行」というのが特徴的。割と早い段階で商標登録しています。

地球の歩き方 リアル謎解きツアー
 こんなのあったのその1。2015年3月にあった,豪華客船でクルーズしながら謎を解くという企画のようです。ガイドブック「地球の歩き方」の発行会社がやった企画のようですが続編はありません・・・。

・謎解きタウン
 「リアル謎解きゲーム」で取らなかったのは大人の事情なんでしょうかね。

・まちクエス
 ingress的なゲームですね。謎と言うよりクイズ?

・謎解きBAR
 道玄坂のバーでやっている謎解き企画です。

・ナゾトキラリー
 某S社がやっていた「ポケモン謎解きラリー」って大丈夫だったんですかね・・・。

・▲謎▼解きクロス
 個人でやっている謎解き企画です。こんな小問,どこかで見たことがあるような・・・。

・NAZOTOMO関係
 いずれも株式会社ナムコが取得しています。株式会社SCRAPの次に商標をたくさん取得していて,力の入れ方が違いますね。

・ナゾメイト
 「アニメで謎解き」をコンセプトにする企画。アニメとのコラボが多いですね。

・謎テインメント
 直近の公演の「地獄の謎タクシー」ってのが超気になります。

・ナゾトキアドベンチャー
 ファミリー・子ども向けを意識したイベントのようですね。最近はやっておられないようですが・・・。

・なぞQラリー
 詳細不明。誰かご存じですか?

まとめ

 会社組織でやっているところは商標を取っているところが多いですね。「登録商標」というと箔が付きますしね。そういうのも含めて各社ともに戦略的に商標を活用しているようです。
 こんな感じで商標登録を見ると色々と見えてくるものがあって楽しいですね。
 ということで,謎解き関係でお困りごとがありましたら,Twitter経由でご連絡ください^^(これが一番言いたかった)

「残業代バブル」って本当にあるの? 

はじめに

 サイ太です。お世話になります。
 さて,過日はコミックマーケット92にお越しくださいましてありがとうございました。
 無事に昼過ぎに完売という,前回の反動で印刷数を減らした弊害が大きく出た結果になりました。
 当日,ビッグサイトくんだりまでお越しくださった皆様には感謝とお詫び申し上げます。
 新刊の大嘘判例八百選[第8版]の書店委託も開始され,こちらも通販分は全部捌けたようです。重版*1の要望も出ているようなので検討中です。
 以上の罪滅ぼしということでもありませんが,大嘘判例八百選[第8版]に収録したコラムから,ブログ用にシングルカットしてみました。
 わりと真面目に書いた「『残業代バブル』って本当にあるの?」です。ではどうぞ。

(原文の)はじめに

 弁護士業界にも流行廃りがあるもの。
 平成16年頃から続く一連の過払い関係の最高裁判決により,弁護士業界は過払いバブルに沸いた。その狂騒ぶりは,本家バブル経済もかくやといった風情であった。
 そんな過払いバブルが弾けつつある中で弁護士登録をして,ほんとうま味を味わうことなく今日に至るのが当職である。
 当然,次なるバブルは何かというのが話題になるわけであるが,当職の登録の頃(平成22年頃)から「次は『残業代バブル』だ」と言われていた。しかし,実際に残業代バブルが来ているという実感はほとんどない。それどころか,「残業代バブルが来る!」というネットニュースの記事を頻繁に目にするような気がする。「残業代バブル」には実態があるのかないのか,はっきりしないのである。
 そこで,いつものように業務を放り出したサイ太が,残業代バブルについてさくっと調べてみたというわけ。

「残業代バブル」という言葉はいつ頃から使われ始めたか

 当職の記憶では,当職が登録した直後の平成22年頃には「残業代バブル」という言葉が出ていたような気がする。
 記憶,特に当職のそれほどアテにならないものはないので,お得意の検索を行い,調べてみた。
 グーグル検索で時期を限定して検索すると,タイムスタンプは古いものの,書かれている内容は最近のもの,というようなクソサイトばかりが引っ掛かるので泣く泣く断念した。
 次に調べたのが,我らがTwitterである。これで初期の使用例をみると,以下のツイートが引っ掛かった。


 ブログ「企業法務について」を書いておられる@kataxさんのツイートである。「残業代バブル」とは明言していないものの,ポスト過払いバブルとして,「残業代バブル」を捉えていることが明確である。先見の明を賞賛せざるを得ない。


 次に目についたのが,平成21(2009)年11月30日発売の週刊ダイヤモンドに関するツイートである。この号には,「過払い金と同じく大量処理が可能企業への「残業代請求」急増の恐怖 高井重憲●セントラル法律事務所弁護士」と題する寄稿が掲載されているようである。
 Twitter上では,この時期を境に,「残業代バブル」の話題がどんどん増えていくことになる。
 Twitterを見る限り,この平成21年11月30日発売の週刊ダイヤモンドの寄稿が嚆矢となって,「残業代バブル」が言われるようになったことになりそうである。
 その後,「残業代バブル」と言い続ける人が増えていて,定期的に「残業代バブルが来る!」という燃料が投下され続けている。直近では,平成28年10月10日付けの週刊SPA!で「弁護士による「残業代請求バブル」が始まった!」という記事が掲載されている。
 なお,「残業しまくって稼ぎまくって一時的に羽振りが良くなること」を「残業代バブル」と呼んでいる人たちも一定数いたことを付言しておく。

データで見ても増えてるの?

 そんなこんなで,「残業代バブルが来る!」と平成21年11月30日頃までには言われていたわけであるが,実際にその後,残業代バブルは来たのであろうか。
 「残業代バブル」の予感を感じさせた根拠の一つが労働審判である。平成18年から労働審判制度が施行された。労働審判制度は,失敗だらけの司法制度改革にあって,唯一の成功例であるなどと評されることもある制度で,非常に使い勝手のいい制度である。
 平成28年度版の弁護士白書は,この労働審判制度の開始以降の地裁における労働関係事件の新受件数の推移が掲載されている。
 図表を引用すると以下のとおりである(いずれも上記平成28年版の弁護士白書107頁より抜粋)。

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 まず,グラフを見ると,確かに労働事件の件数は増加していることが見て取れる。特に,平成20年以降は労働審判が通常訴訟を上回ってきており,その後も高止まりしつづけている。もっとも,これらの事件の全てが未払残業代に係るものではない。
 表では,労働審判の中でも,賃金,手当等を請求した事件の数の統計を取っている。これらは,残業代請求の件数と見なしてもよかろう。これによれば,平成23年から平成27年まで,それぞれ,1179件,1255件,1456件,1345件,1559件と推移しており,増加傾向にあることは間違いなさそうである。ただ,「バブル」というほどまでにはなっていないように思われる。

 当然,訴訟までに行かずに交渉段階で落ちている事案もこのほかに数多くあるであろうが,過払いバブルがそうであったように,全体の件数が増えればそれに比例して訴訟事案も大きく増えるはずである。
 労働審判がこの程度しか増えていないことをみると,実際の残業代バブル案件そのものの絶対数も,過払いバブルほどではないことが窺われる。そのように考えると,「残業代バブル」と言うほどではない状況ではないかと思われるところである。


 なにせ,以下のグラフのとおり,過払い事件最盛期には地裁の第一審だけに限定しても年間で14万件以上の事件が提訴されていたのである(出典は地方裁判所における民事第一審訴訟事件の概況及び実情)。

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 労働審判事件の件数とは比較にもならないであろう。

まとめ

 平成21年頃から「残業代バブルが来る」と言われ続けている。訴訟件数のデータを見ると,件数が高止まりしていることは確かであるが,労働審判制度が始まったことによるところが大きい。実態には見合わないレベルで「残業代バブルが来る」と言われ続けており,「残業代バブル」は来ていないのではないかと言わざるを得ない。
 「残業代バブル」について報じられるとまとめサイトでも大きく取り上げられ,弁護士を貶す意見も多い。このあたり,過払いバブルのあだ花のひとつであるとも言えようか。
 何度も何度も「残業代バブルが来る!」と報じられているが,そのたびにネットは大盛り上がりである。そう考えると,現在は「残業代バブル」なのではなく,「『残業代バブルが来る』バブル」とでもいうべき状況なのではないかと考える。
 ただ,日弁連が残業代計算ソフト「きょうとソフト」を公開するなど,本格的なバブルが巻き起こる予兆も感じられるものである。
 今度こそ,バブルの恩恵にあずかるべく,精進していきたい。

*1:重犯