はじめに
「法律文章読本」という本の評判が良いです。
いわゆる法文書を作成する際の基礎的な情報が整理されています。私も早々に入手して読みましたが,
暗黙知を
言語化することに大成功している良書かと思います。
そんな良書の著者である白石忠志先生が,条文の削除について言及されていました。
「八百選で削除された条文をまとめたような・・・」という記憶が蘇ってきたので調べたら,やはりやってました。第5版と総集編Ⅲというややマイナーなものに登載されていて影が薄かったので,せっかくなのでこのタイミングでブログ用にシングルカットします。
これは基本六法の削除された条文を掘り下げる記事なのですが,いかんせん初出が平成27(2015)年12月(9年前!!!)で,その後,
民法だけでも債権法改正やら相続法改正やらで色々と変わっているので,せっかくなので
民法以外も大幅に補訂した上で公開します
*1。
(初出:刑裁サイ太著・大嘘
判例八百選[第5版],2015年12月31日発行)
序文
法律の条文も永久不変のものではない。全面改正されるものもあるし,個別に削除されてしまうものもある。逆に,新たに設けられる条文もある。枝番を付されるもの,枝番の枝番を付されるもの,枝番の枝番の枝番を付されるもの・・・。
いずれにせよ,法律の条文はナマモノであり,日々変わりゆくことから,法律の適用に当たっては常に最新の法文を使うことが求められる。当職のように,修習中に2回試験対策のために購入したデイリー六法平成21年版を未だに用いているのは法曹として正しい態度ではない。
ところで,法文を読んでいると,個別に削除された条文を見掛けることが稀によくある。削除されているからには,元々条文があったはずである。そこで,削除された条文を追いかけてみたのがこの企画である。
削除されたことが有名な条文から,いつ削除されたのか分からないレベルの条文まで,様々なものが集まったので,ここに披露したい。今回は時間と紙幅の関係から,いわゆる基本六法(商法については,総則・商行為法と会社法に限る。)のみ調査したものである。今後,シリーズ化できるようならしてみたい。
・38条~84条
いま,法律を勉強し始めたばかりの初学者が大いに首をひねる条文がこれらであろう。元々は法人に関する規定が定められていた。
法人に関する規定は,平成20年に施行された「一般社団法人及び一般財団法人に関する法律」に移管されることとなり,民法上からは削除されて消滅したものである。
ところで,条文を廃止する場合,「第○条を削る。」とする方式と,「第○条を次のように改める。」とした上で「第○条 削除」とする方式がある。前者の場合,削られた条文はなかったことになり,次の条文から順次繰り上げられることになる。そうすると条番号がずれてしまうので,最近の改正ではあまり用いられていない。後者の場合は,「第○条 削除」という抜け殻が残るものの,条番号が残ることから,特に条番号に馴染みがあるような場合には多用される。まさにこの民法がそうである。【民法90条】が【民法43条】になってしまったら,なんのことか分からなくなるであろう。
削除前の法人に関する規定には,厳密には84条の後にも「84条の2」「84条の3」という条文が存在していた。本来であればこれらの規定も「削除」という抜け殻を残してもいいはずである。しかし,これらの枝番があろうがなかろうが,基本的には条番号がずれることはなく残す意味に乏しいため,これは抜け殻を残さずに削られたようである。
・155条(※追補)
平成29年改正(令和2年施行)の債権法改正で,時効関係の規定にも大きくメスが入った。以下の150条~170条付近の削除はいずれもそれによるものである。
まず,旧154条の内容(「差押え等が取り消された場合には時効が中断しない」)が新147条に統合された。そこで空席となった「154条」に旧155条の内容が移り,「新155条」は削除されているというもの。
・156条(※追補)
旧152条の一部が新147条に統合された。そこに旧156条の内容を含めて「新152条」となり,「新156条」は削除されているというもの。
・157条(※追補)
これは単純に旧157条が新147条に統合されたので削除。
・170条~174条(※追補)
これらは,いわゆる短期消滅時効を定めていた条文である。短期消滅時効という制度を廃止しためいずれも削除された。
・208条
昭和37年の「建物の区分所有(後に「等」が加えられた。)に関する法律」の施行により削除された。
参考までに元の条文を掲げる(句読点を付し,カタカナはひらがなに改めた。)。
数人にて一棟の建物を区分し各其一部を所有するときは,建物及ひ其附属物の共用部分は其共有に属するものと推定す。共用部分の修繕費其他の負担は各自の所有部分の価格に応して之を分つ
昭和37年の改正であり,現在の法曹でもこの条文を使ったことがある者はごく少ないのではないだろうか。もともとの民法が想定していたのは,いわゆる棟割長屋を1階と2階とに分けるレベルであったとされており,1つの条文で足りたのであろう。
・363条(※追補)
これも債権法改正による削除である。
本条項で定めていた「債権であってこれを譲り渡すにはその証書を交付することを要するもの(に対する質権)」は「有価証券」の一部の「指図証券」と整理され,520条の7に移管されたため,削除された。
・365条(※追補)
これも363条と同様の削除である。旧365条で定めていた「指図債権」が「指図証券」と整理されて520条の7に移管されたために削除。
後述するとおり,「民法365条」の内容は平成17年の会社法改正に当たっても内容が変更されており,特に改正に振り回されている条文番号である。
・367条・368条
ややこしいので,時系列に基づいて解説する。
もともと,旧368条が,昭和54年の民事執行法の整備により削除された。その後,平成17年の会社法改正により,旧365条が「削られる」こととなり,旧366条,旧367条がそれぞれひとつずつ繰り上がって新365条,新366条となった。その後の条番号をずらさないため,旧365条の抜け殻を,新367条として「削除」の条文として残すこととしたようである。ほらややこしい。
旧368条は,質権の実行は旧民事訴訟法により実行できる旨の規定であったところ,民事執行法が出来たので削除。旧365条は,記名社債の質権についての規定が会社法693条に移行されたので削除。
・480条(※追補)
これも債権法改正による削除である。
受取証書の持参人に対する弁済について定めたものであったが,478条の「債権の準占有者」に含まれることから478条に統合されて削除された。
・516条(※追補)
これも債権法改正による削除である。
旧516条は,「(旧)468条1項の規定は債権者の交替による更改に準用する」といった内容であった。債権法改正により,準用するとされていた旧468条1項に定められていた,債権譲渡に関するいわゆる「異議なき承諾」という制度が廃止されたため,本条項は削除された。
・517条(※追補)
これも債権法改正による削除である。
更改によって生じた債務が、不法な原因のため又は当事者の知らない事由によって成立せず又は取り消されたときは、更改前の債務は、消滅しない。
この条文を反対解釈すると,更改によって生じた債務に成立しない・取消事由があることを知っていた場合には,更改前の債務が消滅すると読めてしまう。無効な契約に基づく債務であることを知っていると,旧債務まで消滅するという制度に合理性はないと判断されて削除となった。
・534条,535条(※追補)
これも債権法改正による削除である。危険負担について定めていた条文である。
旧536条も新536条も,原則として債務者主義を採用することを明らかにしている。ただ,旧534条と旧535条では例外的に債権者主義になる場合を定めていた。特に旧534条は特定物売買に債権者主義を採用しており,実情に合っていないとして批判されており,ほぼ全ての契約実務で特約で対応していたものである。
これを改めるため,全面的に債務者主義によることとし,旧534条,旧535条が削除された。
・571条(※追補)
これも債権法改正による削除である。
旧571条では瑕疵担保責任と本来債務の履行とが,533条が準用されて同時履行の関係に立つことが謳われていた。債権法改正により,「瑕疵担保責任」は「契約不適合責任」にアップデートされ,論争のあった債務不履行責任説が採用されることとなった。債務不履行責任説を採用すると,533条が直接適用されて同時履行の関係に立つことは明らかであるため,本条文は削除された。
・622条(※追補)
これももともとは旧621条であった。平成16年の民法口語化改正により削除。
賃借人が破産した場合に,賃貸人に解除権を認める条文であったが,賃借人保護のために削除されることとなった。同時に,平成16年の破産法改正により,賃貸人が破産した場合の解除も認められないことになった(破産法56条1項)。
・・・のが,債権法改正で新たな内容となって復活した。
新621条では,新たに賃借人の原状回復義務について定めることとしたため,準用関係は後回しの方がよいということで債権法改正前621条(使用貸借の規定の準用)が,新622条に移ったもの。その上,新622条には622条の2(敷金関係)という枝番条文まで追加され,魔改造されるに至った。
・635条(※追補)
これも債権法改正による削除・・・。
請負契約における瑕疵担保責任による解除等を認める条文であったが,これが契約不適合責任(債務不履行責任)と整理されたため,解除に関する一般条項(541条)が適用されることとなったので削除された。
なお,旧635条但し書きは「ただし、建物その他の土地の工作物については、この限りでない。」というものであったが,最高三小判平成14年9月24日集民207号289頁により死文化していた。
・638条~639条(※追補)
これも債権法改正による削除じゃよ。
いずれも瑕疵担保責任の存続期間等について定められていたもの。新566条を経由して新637条1項等で対応出来るので削除。
・640条(※追補)
これが債権法改正による削除としては最後のものじゃよ。
瑕疵担保責任を負わない旨の特約があっても,知りながら告げなかったことについては責任を免れないという趣旨の条文であった。債務不履行責任説に立つため,他の条項を準用することによって同趣旨の主張が可能であるため削除された。
・733条(※追補)
令和6年4月改正により削除。
もともと,733条は女子の再婚禁止期間を前婚の解消から6ヶ月とする内容を定めていた。これが最大判平成27年12月16日民集69巻8号2427頁により,100日を超える部分は違憲と判断され,即日,再婚禁止期間を100日とする改正がなされた。
その後さらに進んで,再婚禁止期間という制度を廃止し,その代わりに親子関係を争う方法を拡充することとしたため,令和6年4月施行の民法改正でついに削除された。
・737条(※追補)
令和6年4月施行の改正により削除。
未成年者の婚姻に対する父母の同意について定められていた。婚姻適齢が18歳となり,成年も18歳となったため,未成年者の婚姻というものがあり得なくなったため削除された。
・746条(※追補)
令和6年4月改正により削除。
前述の733条の再婚禁止期間の関連で,再婚禁止期間内にした婚姻は,その再婚禁止期間が経過したときは取り消せないというもの。733条の削除に伴い削除。
・753条(※追補)
令和6年4月施行の改正により削除。
いわゆる婚姻による成年擬制について定められていた条文であった。婚姻適齢が18歳となり,成年も18歳となったため,成年擬制というものがあり得なくなったため削除された。
・757条
元の条文を紐解こう。
外国人が、夫の本国の法定財産制と異なる契約をした場合において、婚姻の後、日本の国籍を取得し、又は日本に住所を定めたときは、一年以内にその契約を登記しなければ、日本においては、これを夫婦の承継人又は第三者に対抗することができない。
外国人の場合の夫婦財産契約を定めた条文である。
元々は,法例(現在の「法の適用に関する通則法」)14条,15条(準用規定)により,夫婦財産の準拠法を「夫の本国法」とされていた。その例外として,本条の規定が存在していた。
しかし,この法例の規定が男女平等に反するとして改正された際に,この757条が法例15条に移管されたようである。
その後,法例が法の適用に関する通則法に全面改正され,移管された条文は,通則法26条に今も息づいている。
・842条
未成年後見人は,1人でなければならない。
という条文である。平成23年の民法(家族法)改正の際に削除されたもの。
もともとは,未成年後見人は1人もいれば十分であり,複数いると責任が分散し,事務が煩雑になるなどの弊害があるとされていたようである。しかし,成年後見人が複数,あるいは法人が選任され得ることと平仄を合わせる形で,本条文も削除された。
・849条の2(※追補)
平成23年改正により削除。
成年後見監督人の選任について定めていたが,849条の未成年後見監督人の選任の規定と統合されたため削除。
・888条
代襲相続を定めた条文である。昭和37年民法改正で削除された。
これも元々の条文を見た方が分かりやすい。
第887条
被相続人の直系卑属は、左の規定に従つて相続人となる。
一 親等の異なつた者の間では、その近い者を先にする。
二 親等の同じである者は、同順位で相続人となる。
第888条
前条の規定によつて相続人となるべき者が、相続の開始前に、死亡し、又はその相続権を失つた場合において、その者に直系卑属があるときは、その直系卑属は、前条の規定に従つてその者と同順位で相続人となる。
前項の規定の適用については、胎児は、既に生まれたものとみなす。但し、死体で生まれたときは、この限りでない。
このように,削除前の規定では,被相続人よりも先に亡くなった子に係る孫は「代襲相続人」ではなく,「相続人」になるとされていた。
しかし,これを当てはめると不当な結果を生ずる。たとえば,被相続人に子が2人あり,子Aには子が1人,子Bには子が3人あったとする。この場合,子Aが先に死亡,子Bが生存している場合に相続が発生したとすると,相続分を子Aの孫は1/2,子Bが1/2となる。他方,子Aも子Bも先に死亡していた場合に相続が発生すると,改正前887条2号により,孫たちは全員が同順位となる結果,1人しかいない子Aの孫も,3人いる子Bの孫も,同じく1/4ずつの相続分となってしまうのである。
このような不都合を解消するために改正された。
本来は,888条が代襲相続の原則規定であったところ,この改正により,887条にその趣旨が取り込まれてしまったのである。
・958条の3(※追補)
令和3年改正により削除。
旧958条の内容が廃止されるため,旧958条の2が新958条に,旧958条の3が新958条の2になり,新958条の3は空席になったため痕跡もなく削除された。
旧958条は,相続財産管理人*2の相続人捜索の公告について定めるものであった。選任後,選任の公告を行って相続人を捜索し(2ヶ月),それでも相続人が出てこない場合は相続債権者らに対して請求申出の公告を行う(2ヶ月)。請求申し出の公告後,弁済等を行い,更に相続人捜索の公告を行う(6ヶ月)こととされていた。相続人捜索の公告が無駄だったので,選任の公告と統合された上,請求申出公告と同時並行で行えるようになり,最低10ヶ月掛かっていた期間が最低6ヶ月に短縮された。
・1000条
令和2年4月施行の相続法改正により削除。
もともと第三者の権利の目的となっている物の遺贈について定められていた。
改正前民法は遺贈の目的物を特定物か否かで規定ぶりを変えていたが,債権法改正では特定物か否かで取扱いを変えないこととしたため,その趣旨を踏まえた新998条に,旧1000条が統合された。
刑法編
・2条1号(※追補)
刑法2条は,いわゆる国外犯,国外で犯されたとしても我が刑法の適用がある罰条について定めるものである。その最初にある1号が削除されている。
これは後述する「刑法73~76条」を指定しているものであるので,詳しくはそれら参照。
・13条(※追補)
令和7年施行予定なので,厳密には削除されたのではなく,削除されることが確定しているというものである。
新12条で,懲役と禁錮を統合した拘禁刑が定められることとなったため,禁固刑のみを定めていた旧13条は削除されるというものである。
削除される前に,思う存分味わっておこう。
・40条
生来的に又は幼少時に聴覚機能及び言語(発生)機能を喪失した者(いんあ者)の責任能力を定めた規定であった。平成7年の刑法改正で削除された。
これらの者については,言語・知識を獲得することが極めて困難であり,一般に精神の発達が阻害されることが多いと考えられていたようである。旧刑法(明治13年)では,その行為は一切処罰しないこととされていた。改正前の現行刑法では,その後の聴覚障害者に対する教育の普及に鑑み,刑の必要的減軽または免除と改められた。
その後,特に戦後の聴覚障害者に対する教育の普及・充実が著しく,手話の全国的統一も推進されたため,身体障害者のうち,これらの者についてだけ特別に取り扱うことが疑問視されていたようである。また,責任能力に関する一般規定を適用すれば足りることなどから削除されることになった。
・55条
いわゆる「連続犯」を定める条文である。削除前は「連続したる数個の行為にして同一の罪名に触るるときは一罪として之を処断す」というものであった。
日本国憲法及びこれに伴う刑事訴訟応急措置法により,一事不再理の原則が強化されたため,この規定を維持した場合,多くの犯罪が処罰を免れることとなることが憂慮されたため,昭和22年の改正で削除された。
・58条
元々の条文を引用する。
裁判確定後再犯者たることを発見したるときは,前条の規定に従ひ加重す可き刑を定む。
2 懲役の執行を終りたる後又は其執行の免除ありたる後発見せられたる者に付ては前項の規定を適用せず。
という条文である。第1項については,一事不再理・二重処罰禁止に抵触しかねないことから,昭和22年の改正で削除された。
・73条~76条
事情を知らない者からすると,「第2編 罪」の第1章が丸々削除されていて奇妙な印象を受ける。並び順からして,社会的法益に対する罪であると思われるが果たして何の罪だったのか。
結論を急ぐと,この章は「皇室に対する罪」であった。幾多の改正を経ているとはいえ,現行刑法は明治40年に制定されたものである。その名残がまだこのように残っているわけである。これらはいずれも昭和22年改正で削除されている。
第73条
天皇、太皇太后、皇太后、皇后、皇太子又ハ皇太孫ニ對シ危害ヲ加ヘ又ハ加ヘントシタル者ハ死刑ニ處ス
第74条
天皇、太皇太后、皇太后、皇后、皇太子又ハ皇太孫ニ對シ不敬ノ行為アリタル者ハ三月以上五年以下ノ懲役ニ處ス
2 神宮又ハ皇陵ニ対シ不敬ノ行為アリタル者亦同シ
第75条
皇族ニ對シ危害ヲ加ヘタル者ハ死刑ニ處シ危害ヲ加ヘントシタル者ハ無期懲役ニ處ス
第76条
皇族ニ對シ不敬ノ行為アリタル者ハ二月以上四年以下ノ懲役ニ處ス
同改正以降は,事案に応じて殺人罪,傷害罪等に処せられることになるわけである。そうすると,不敬罪(74条)などは,名誉毀損罪に当たりうる。その場合の告訴権者の特例として,232条2項が設けられている。「ナンジ臣民飢えて死ね」で知られるプラカード事件は,この74条が日本国憲法下でどう扱われるかが争われた事件である。
・83~86条・89条
戦争に関する罪であるため,戦争を放棄した憲法9条と整合しないため,昭和22年にまとめて削除された。もっとも,これらの規定の趣旨は,「軍事上の利益を与えた」ことを構成要件とする現行82条に盛り込まれているものと解されている。
第83条[通謀利敵]
敵国ヲ利スル為、要塞、陣営、艦船、兵器、弾薬、汽車、電車、鉄道、電線其他軍用ニ供スル場所又ハ物ヲ損壊シ若クハ使用スルコト能ハサルニ至ラシメタル者ハ死刑又ハ無期懲役ニ処ス
第84条[同前]
帝国ノ軍用ニ供セサル兵器、弾薬其他直接ニ戦闘ノ用ニ供ス可キ物ヲ敵国ニ交付シタル者ハ無期又ハ三年以上ノ懲役ニ処ス
第85条[同前]
敵国ノ為メニ間諜ヲ為シ又ハ敵国ノ間諜ヲ幇助シタル者ハ死刑又ハ無期若クハ五年以上ノ懲役ニ処ス
2 軍事上ノ機密ヲ敵国ニ漏泄シタル者亦同シ
第86条[同前]
前五条ニ記載シタル以外ノ方法ヲ以テ敵国ニ軍事上ノ利益ヲ与ヘ又ハ帝国ノ軍事上ノ利益ヲ害シタル者ハ二年以上ノ有期懲役ニ処ス
第89条[戰時同盟國ニ対スル行爲]
本章ノ規定ハ戰時同盟國ニ對スル行爲ニ亦之ヲ適用ス
・90条~91条
日本に滞在する外国元首・日本に派遣された使節に対する暴行・脅迫・侮辱罪等を規定していた。これらの罪は,皇室に対する罪と同時に削除された。これらの者に対しては,一般の刑法の条文が適用されるが,名誉毀損罪における告訴権者については特則があることは皇室の場合と同様である(232条2項)。昭和22年改正で削除。
・131条
皇居等侵入罪であった。これも昭和22年改正で削除。
先ほどまで見てきた民法であれば,131条と132条を交換して,132条を削除する条文にするはずなのであるが,そうはなっていない。刑法だからなのか,昭和22年当時であるからなのかは判然としない。
・178条,178条の2(※追補)
準強制わいせつ・準強制性交(準強姦)について定められていた。1項が準強制わいせつ,2項が準強制性交(強姦)であった。
「人の心神喪失若しくは抗拒不能に乗じ、又は心神を喪失させ、若しくは抗拒不能にさせて」という要件が,不同意わいせつ・不同意性交罪に含まれることとなったため,令和5年の性犯罪関係規定の改正により削除された。
なお,178条の2は痕跡なく削除されているが,集団準強制わいせつ,集団準強姦について定めていたが,他の条文を適用すれば足りるため,平成29年改正で削除された。
・183条
いわゆる「姦通罪」を定めた条文であった。法の下の平等に反するとして,昭和22年改正で削除された。
・200条・205条2項・218条2項・220条2項(※追補)
刑法200条は,削除された条文としては,全法分野を通じても最も有名な条文ではなかろうか。後に法令違憲判決を受けた「尊属殺人罪」を定めた条文である。他方で,刑法205条2項は「尊属傷害致死罪」,刑法218条2項は「尊属遺棄罪」,刑法220条2項は「尊属逮捕監禁罪」を定めていたが,こちらは痕跡もなく削除されているので,削除されたことが知られていない条文ランキングでも上位に入るものと思われる。
最大判昭和48年4月4日刑集27巻3号265頁により,違憲であるとされた後は,これらの条文は空文化し,これらの条文で起訴されることはなくなったようである。その後,いずれも平成7年改正により削除された。
・208条の3(※追補)
痕跡なく削除されている。
もともと208条の2で凶器準備集合罪が定められていた。その後,危険運転致死傷罪が平成13年改正で導入され,208条の2に危険運転致死傷罪が割り込み,凶器準備集合罪が208条の3となった。その後,平成25年改正で,危険運転致死傷罪が自動車運転処罰法に移管されることとなり,凶器準備集合罪が208条の2に返り咲いたもの。その際にひっそりと削除された。
・368条~371条
検察官のみが上訴したケースで,当該上訴が棄却・取下げとなった場合の被告人に対する補償を定めた条文である。昭和51年改正により,188条の4以下に移動した。元々,上訴の規定に並んでいたが,刑事補償との関係の方がより深いため,改正と同時に移動したようである。
・民訴法125条(※追補)
破産財団に属する訴訟手続の中断効を定める条文であった。平成16年の破産法改正に伴い,破産法44条に移管されることとなり,削除となった。
・・・というのが2015年時点の記載であったが,令和3年改正(令和5年施行)にて,「所有者不明土地管理命令」の場合の訴訟の中断と受継について定める条文として復活した。後述する会社法の事例に続けて基本六法関係では2例目か。ぶっちゃけ知らんかった・・・。
*商法編(総則・商行為法まで)
・33条~500条
初学者が見たら何のことなのか意味がまったく分からないと思われる削除っぷりである。
本書を手に取るような読者であればご存じであろうが,この間の条文が「会社法」として独立したために一気に削除されているというものである。平成17年に削除された。
・523条
民事会社が行う事業目的行為は商行為であるとする規定であった。これを準商行為と呼んでいた。
民事会社とは,商行為(501条にいう絶対的商行為,502条の営業的商行為)をなすことを業としない会社である。典型的には鉱業・漁業等を営む会社が該当した。これに対して,これら商行為をすることを目的とする会社を商事会社と呼んで区別していた。
この民事会社については,事業目的を遂行する限りは商行為に該当しないものの,付属的商行為に該当すれば商行為になってしまうという点が問題視され,民事会社の事業目的行為は商法523条により,商行為とされた。しかし,そうすると,民事会社と商事会社とを区別する実益はなくなった。
平成17年の会社法改正で,「会社が事業としてする行為」を商行為とみなしたため,民事会社と商事会社の概念と準商行為という概念は消滅した。
・179条
施行当初から削除されているという珍しい条文である。
自己株式を株式市場で売却することを許容する規定が設けられる予定であったが,相場操縦やインサイダー取引を助長しかねないとの懸念から,削除されたようである。
・・・と勉強していたところであったが,平成26年の会社法改正により,「特別支配株主の株式等売渡請求」として「復活」した。施行当初から削除されていたのも珍しいなら,削除された条文が復活するのも珍しいのではないだろうか。
・331条1項2号
令和元年6月改正により削除。
取締役の欠格事由として,成年被後見人等であることを挙げていた。しかし,成年被後見人等であることだけをもって欠格事由とするのは差別を助長するとされ,広い業界の各業法で成年被後見人等を欠格事由としない旨の改正がなされた*3。
もっとも,さすがにフリーハンドで認めるのには問題があるためか,新設された会社法331条の2で手当がされている。
・930条~932条
令和4年9月施行の改正で削除された。
いわゆる支店所在地における登記制度が廃止されたため,削除された。