はじめに
弁護士ドラマが次々と作られるようになり,弁護士バッジの認知度も高くなってきました。
法律監修()も広まってきたせいか,弁護士ドラマでも薄くて平べったいパチモンの弁護士バッジではなく,厚みがあってリアルなものが登場しつつあります。
そんな弁護士バッジですが,わりと誤ったウンチクが流布しています。法教育等でドヤ顔で大嘘を垂れ流していた,なんていうこともしばしば見られます。
ということで,弁護士バッジの誤ったウンチクを淡々とバスターしていくよ*1。
目次
・弁護士バッジの正式名称は「弁護士記章」
・「弁護士バッジは帯用しなければならない」?
・弁護士バッジの「ひまわり」と「はかり」の表す意味
・弁護士バッジの「ひまわり」と「はかり」の表す真の意味
・「ひまわり」が「正義」や「自由と正義」の象徴である理由
弁護士バッジの正式名称は「弁護士記章」
「弁護士記章」が正しいです。
弁護士記章規則
https://www.nichibenren.or.jp/library/ja/jfba_info/rules/pdf/kisoku/kisoku_no_35_151028.pdf
「弁護士バッジは帯用しなければならない」?
たとえば,wikipediaには
弁護士記章(べんごしきしょう)とは、日本の弁護士が帯用する記章。俗に「弁護士バッジ」ともいわれる。
弁護士記章 - Wikipedia
とありますが,現在では弁護士記章の帯用義務はなくなり,携帯すればよいこととなっています*3。
日本弁護士連合会会則
第29条2項
弁護士は,その職務を行う場合には,本会の制定した記章を携帯しなければならない。ただし,本会の発行した身分証明書の携帯をもってこれに代えることができる。
https://www.nichibenren.or.jp/library/ja/jfba_info/rules/pdf/kaisoku/kaisoku_no_1_180401.pdf
弁護士バッジの「ひまわり」と「はかり」の表す意味
日弁連の公式見解は以下のとおりです。
弁護士が胸につけている記章があります。この記章は、外側にひまわり、中央にはかりがデザインされています。ひまわりは自由と正義を、はかりは公正と平等を追い求めることを表しています。
https://www.nichibenren.or.jp/jfba_info/lawyer/badge.html
まず指摘したいのは,「追い求めること」がどこまで掛かっているのか不明瞭な点です。
①ひまわり=「自由と正義」,はかり=「公正と平等を追い求めること」
②ひまわり=「自由と正義を追い求めること」,はかり=「公正と平等を追い求めること」
このどちらの解釈も成り立ち得ます。個人的には後者の方が素直な読み方かと思います。ただ,後者の解釈なら,「それぞれ追い求めることを表しています。」とすべきでしょう。*4
誤った情報の例としては,以下の例があります。
・「はかり」に「正義」の意味を込めてしまうケース
究極的に「正義」「公平」を象徴しますが、元々は当事者間の利害得失をはかる秤です。
https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1315378758
法曹界で「はかり」というと,正義の女神テミス(ユースティティア)の持つものが連想されてしまい,「正義」という意味を関連付けているケースがあります。
上記のとおり,「正義」はひまわりが象徴していますので,「はかり」に正義の意味を込めるのは誤りです。
・「はかり」に「公平と平等」の意味を込めてしまうケース
太陽に向かって明るく力強く咲くひまわりは、正義に輝く象徴で、自由の羽ばたきを連想させ、傾斜を敏感に表示するはかりは、公正、平等の心がけを求めています。 自由と正義、公平と平等という弁護士の仕事のモット-をあらわしているわけです。
https://www.shimaben.com/alacarte/badge/
「公平」と「公正」で,非常に紛らわしいのですが,「公正」が正しいです。
弁護士バッジの「ひまわり」と「はかり」の表す真の意味
以上にもかかわらず,上記の日弁連の「ひまわり」と「はかり」の公式見解は非常に疑わしい情報だと思っています。
そもそも,弁護士バッジの意匠が決定したのは,昭和24年10月16日に,「日本弁護士連合会弁護士記章規則」が制定された時です*5。
それに先立って発行された「辯護士法公布記念録」(昭和24年8月 日本辯護士連合會)に掲載されている「弁護士の記章について」というコラムには,以下のとおりの記述がありました。
向日葵は,外国でもSun flowerといって称賛されてゐるもので,これは正義の象徴であり中央の秤は衡平の象徴である。即ち,この記章は「弁護士の象徴」としてもっともふさわしいものであって意匠も亦頗る優美なものである。
この記述からすると,「ひまわり」が「正義の象徴」,「はかり」は「衡平の象徴」ということのようです。なんか足んねぇよなぁ?
このように,弁護士法・弁護士記章規則の制定当初は,「ひまわり」が「正義」,「はかり」が「衡平」とされていました。どこかで,誰かが,いつか,今の形に変えてしまったようです。しかし,今の形に変わってしまった経緯は全く調べがつきませんでした。日弁連はそういう情報をしっかり調査した上で公式サイトに情報を載せるべきでしょう。
なお,上記史料は,いずれも弁護士会館の合同図書館にて閲覧可能です(一部閉架図書)。この項は合同図書館のレファレンスサービスを利用して調査した成果です*6。
「ひまわり」が「自由と正義」である理由
「はかり」が「衡平」や「公正と平等」を象徴するというのは,絵面的には十分に了解可能です。
しかし,「ひまわり」が「正義」や「自由と正義」を象徴するというのは,直感的には理解できません。
この点については諸説あります。
弁護士は常に太陽に向かって仕事をする、つまりは、「基本的人権と社会正義」の守り手として、精一杯努力する気概を示している…が、正解です。
https://ameblo.jp/lawyer-kobe/entry-10931130783.html
ヒマワリが弁護士バッジのデザインに採用された理由として花言葉の中には「自由」や「正義」は入っていないのですが、太陽の方向を揃って向いて咲いている様子が正々堂々としていて「正義」を連想させるからだといわれています。
また、依頼人を信じて見捨てない=「あなただけを見つめる」というひたむきな努力を感じさせるからだともいわれています。
http://yamato-scale.blog.jp/archives/29174123.html
色々と調べてみた結果、残念ながら、どうやら明確な理由はなさそうです。太陽に向かって力強く咲く姿が、「自由」や「正義」を連想させたのかもしれません。
http://himalaya.tokyo/ta/2018/08/31/%E3%81%B2%E3%81%BE%E3%82%8F%E3%82%8A%E8%A6%B3%E5%AF%9F%E6%97%A5%E8%A8%98%EF%BC%8D2018%EF%BC%8D%E2%91%A5/
これは,ひまわりがいつも太陽の方を向いているように,自由と正義を追い求めることを表しているのだとか。
http://www.kokoro-tokyo.com/bengoshi-column/609/
ひまわりの花は、太陽に向かって力強く咲くことから『自由と正義』を表しています。
https://fukuzawalawoffice.com/column/column-h0002/
意味というよりイメージで、ひまわりが「太陽に向かってまっすぐ咲く花」であるからって前に聞いた事があります。弁護士が「自由と正義をまっすぐに追求する姿勢」を表すのにぴったり合うという理由だったとか。
https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1385266928
太陽に向かって伸びて花が開くひまわりは「自由」と「正義」をあらわしています。
http://www.geocities.jp/roko1958/law20051.html
詳しいことはよくわかりませんが、ヒマワリが太陽に向かって明るく力強く咲く「自由と正義」の象徴としてデザインされているようです
https://koyo.hibiyakadan.com/page.jsp?f_name_kana=%E3%83%92%E3%83%9E%E3%83%AF%E3%83%AA&id=2917277&abc=21
ひまわりは太陽に向ってのびるところから自由と正義を象徴しているとされています。
http://www.mikiya.gr.jp/gokai.html
ひまわりは,漢字で向日葵と書き,太陽に向かって咲く葵というのが名前の由来です。太陽に向かって咲く様が自由と正義を象徴しているというのですが,あまり僕にはしっくりきません。お天道様は見ている,という感覚なんでしょうか。
http://www.k-partners.jp/column_2014_06.html
しっくり来ていない先生方も多いのですが,当職も同意見です。
お天道様に繋がる太陽に常に向いているのはいかにも「正義」っぽい感じはしますが,常に太陽の方向を向くことを強いられている花に自由はあるのでしょうか。
また,ひまわりが日本に伝来したのは17世紀頃であるところ,「正義」という明治以降に誕生したであろう概念が昔から日本人に根付いていたというのも不自然です。
花といえば花言葉! ということで,ひまわりの花言葉を調べます。
wikipediaのひまわりの項では「私はあなただけを見つめる」とされています。一番しっくりきますね。
このほか,「憧れ」「愛慕」「崇拝」などという,キラキラした言葉が並びます。
花言葉は,元々欧米の考え方だったものを明治の頃に輸入して,日本で独自に発展したもののようですので,英語でも調べるべきでしょう。
英語版では”adoration”(愛慕,崇拝)や"false riches"(偽りの富)などが挙げられています。後者は「インカ帝国の神殿に仕える巫女のひまわりを象った金の装身具を略奪したことから『偽りの富』とされる」と説明されていますが,そこには誰の視点からも正義は存在しません。
以上のように,花言葉説は明確に否定されます。
ここで,上述の「弁護士の記章について」というコラムを思い出してみましょう。
向日葵は,外国でもSun flowerといって称賛されてゐるもので,これは正義の象徴であり中央の秤は衡平の象徴である。即ち,この記章は「弁護士の象徴」としてもっともふさわしいものであって意匠も亦頗る優美なものである。
?????
外国で"Sun flower"といって称賛されてゐると,なにゆゑ正義の象徴になるのでしょうか。
そもそも,"Sun flower"と呼称されることがなぜ称賛されると評価されるのでしょうか。まったく理解不能です。
当職の予想では,このコラムを書いた衒学趣味の古き●き弁護士が,どこかで聞きかじった不正確な知識を披露しただけじゃないかと思っています。
では,どこで聞きかじった知識なのか,大胆に予想します。
ところで,以下の花を見てください。こいつをどう思う?
一瞬「ひまわり」と思いませんでしたか?
この花は「ルドベキア・ヒルタ」といいます。ひまわりと同じ,キク科の植物です。
「正義」の花言葉を持つ花を探していたところ,この種の総称である「ルドベキア」が見つかったのです。
そして,英語版の「ルドベキア・ヒルタ」の項目にたどり着いたところ,以下の記載を発見しました。
Symbol of Justice
The black-eyed Susan which also traditionally symbolizes “Justice” makes a very nice cut-flower with a vase life up to 10 days.[19]
https://en.wikipedia.org/wiki/Rudbeckia_hirta
"The black-eyed Susan"(黒い瞳のスーザン)はこの花の愛称です。この記載によると,この花は,伝統的に正義を象徴するようです*7。
ひまわりに似た花が「正義」の花言葉を持つ・・・
この情報が衒学趣味の古き●き弁護士の脳裏によぎってあのような記載になった可能性,十分にあると思いませんか?
まとめ
どうして一介の弁護士がこんなに深く掘り下げて調査しなきゃいけないんですかね・・・。
*1:なお,本記事は,noteや大嘘判例八百選上で公表した「ひまわりが「自由と正義」の象徴とされているのはどうしてなんでしたっけ?」,「ひまわりが「自由と正義」の象徴とされているのはどうしてなんでしたっけ?どっかーん」の内容を踏まえたリテイク版です。
*2:"辯護士"とか名刺に書いたりと難しい漢字を使いたがる勢も多いですが・・・。
*3:クールビズの普及や女性弁護士が増加したことにより,身につけていないと即・会則違反というのは不都合なので改正されたと聞いています。
*4:なお,「胸につけている」という表現も引っかかります。前記の帯用義務のあった頃は正しいですが,現在では不正確な表現と言わざるを得ません。
*5:「法務沿革誌〈第1巻〉」の当該日の記事参照
*6:この関連では,弁護士バッジの意匠を決めるのに当たって,仲違いしている東京3会が喧々囂々の議論を展開したり,不祥事があったりと,面白案件が目白押しなのですが,本稿の趣旨からは外れてしまいますので他日を期したいと思います。
*7:ただ,[19]のリンク先では表現がブレていて,アメリカ人がコーラ片手にピザでも食いながら適当に編集した可能性も否定できないところですが,それはそれとして。