刑裁サイ太のゴ3ネタブログ

他称・ビジネス法務系スター弁護士によるニッチすぎる弁護士実務解説 TwitterID: @uwaaaa

「若手弁護士」の概念に関する研究

はじめに-ごあいさつ

 本年もよろしくお願いしていきたいと思います。サイ太でございます。
 さて,先日は,年の瀬のクッソ忙しい時期に,コミケにお越しいただき,ありがとうございました。
 12時34分に完売,その後持ち込んだ旧刊も含めてほぼ完売という成果が得られました。
 皆様のご厚誼に感謝するとともに,入手できなかった皆様にお詫び申し上げます。
 お詫びと言ってはなんですが,新刊【大嘘判例八百選[第9版]】に掲載したネタの中から,「『若手弁護士』の概念に関する研究」をシングルカットすることとしました*1
 なお,大嘘判例八百選[第9版]につきましても,とらのあなにて通販する予定ですので,詳報をお待ちください。
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 八百選シリーズを未読の方へ:八百選にはこういう感じの緩い法律系コラムが載っています。他にも独自に調べた判例集など,面白い記事がたくさん載ってます(下記の記事参照)。興味を持たれた方はぜひ上記とらのあなの通販で買ってね^^ 
keisaisaita.hatenablog.jp




序論

 我が国では,近時の法曹人口拡大政策により,弁護士人口が下から持ち上がる形で増大した。そのため,弁護士としてのキャリアが浅い弁護士,すなわち「若手弁護士」が大量に発生することとなった。日弁連でも「若手弁護士カンファレンス」なる会合を定期的に開くなど,「若手弁護士」に対する施策が重要な課題であると認識されつつある。
 一方,「若手弁護士」が大量に発生したことをいいことに,必ずしもキャリアが浅くないのにもかかわらず,堂々と「若手弁護士」を詐称する弁護士が登場するなどしており,「若手弁護士」概念が揺らぎつつある。
 このような情勢の中,改めて「若手弁護士」の概念について研究をするのが本稿である。

3説の対立と私見

 「若手弁護士」と言えるかどうかについては,従来,主観説,客観説,折衷説の3説が対立してきたとされている。
 若手弁護士とは何か | 弁護士法人岩田法律事務所参照。
 主観説とは,若手だと自ら考える者が若手であるとする立場である。自称している限りは若手という意味ではわかりやすい説ではあるものの,いつまでも「若手弁護士」を詐称することができてしまううらみがある。
 客観説とは,登録年数や実年齢等の客観的な基準をもって判定する立場である。客観的な基準で判定することができるという意味では優れているが,ボーダーラインをどこに設定するかについては更に争いがある。特に,年齢と修習期が一致しないことが通常の弁護士業界であるため,その線引きは難しい。
 折衷説とは,登録年数及び実年齢その他の事情を総合考量する立場である。「若手弁護士」たる資格を正確に定義に反映できる一方,判定が煩雑に過ぎてしまう点に問題が残る。
 前掲のブログでは,客観説・折衷説を否定した上で,主観説を採用しているようである。
 しかし,私見は折衷説に立つ。「若手弁護士」として弁護士が括られる場合には何らかの意図が存在するはずである。そこには「まあ登録5年目にもなれば独立していたり,経済的にも安定している弁護士も多いだろうから,金銭的な負担は多くても問題ないだろう」というような判断から,「62期にはもの申す弁護士が多いから,今回の若手弁護士カンファレンスに呼べるように,ここまでの年限で切ろう」というような政策的な判断まで,意図に沿った考慮が働いているはずである。その限りにおいては,通常は,折衷説的な考慮をした上で「若手弁護士」という括りを設けているわけである。
 このようにして,折衷説が正当である。

実態はどうか

 以下に,「若手弁護士」概念の実態調査の結果を整理した。結論を急ぐと,様々な定義があり,いずれも折衷説的な考慮をした上で「若手弁護士」概念を設定しているように思われる。

日弁連関係

 日弁連の会員サイトには,「若手会員の皆さんへ」と題するページが存在する。当然ここには,様々な「若手弁護士」の定義があるはずである。
・弁護士業務支援ホットライン
 キャリアの浅い弁護士に対する「夏休み子ども科学電話相談」のような企画を日弁連が運営している。「登録5年目までの弁護士」が対象となる。

・若手会員の国際会議派遣について
 日弁連では,若手会員の国際化支援として,国際法曹団体等が主催する国際会議への希望者を募集している。ここで「若手会員」とされるには「登録後10年以内(再登録の場合は初回登録後10年以内)」とされている。「再登録」に言及しているのは,留学を機に登録を抹消するような弁護士を想定しているものと思われる。

・第30回LAWASIA年次大会(LAWASIA東京大会2017)
 平成29年9月18日~21日に行われた,ローエイシアに参加するための費用を補助する制度。「登録10年以下の若手会員(同大会開催時点で登録10年目の会員を含む。)」とされている。

・若手法曹国際協会(AIJA)第55回年次大会
 「若手法曹国際協会」の東京大会に参加する若手に援助を与える制度である。「弁護士登録11年未満(再登録の場合は初回登録後11年未満)」とされている。上記では「以内」「以下」だったのに,ここでは「未満」とされており,特定の層を含めようとする強い意図を感じるのは当職だけだろうか。

各種法曹団体

 弁護士・法曹が加入する団体にも「若手弁護士」を標榜するものがある。
・若手法曹国際協会(AIJA)
 "International Association of Young Lawyers",若手法曹国際協会である。略称と違うじゃねーかと思ったが,フランス語だと略称がAIJAになる,FIFAスタイルを導入しているようである。
 "lawyers and in-house counsel aged 45 adn under"とあり,AIJAでは法曹としてのキャリアではなく年齢で判定される。

・あすわか
 自由民主党の「日本国憲法改正草案」の内容とその怖さを,広く知らせることを目的とする,若手弁護士の有志の会,略して「あすわか」です(公式サイトより)。
 公式サイト上では,「弁護士登録期が51期以降=登録から15年以内」とされている。が,情報が古すぎてこの等号は成立しない(51期は,来年で登録後20年を迎えるはず。)。この団体の寄附行為(?)を見てみたい。

・若手弁護士本音スレッド
 5ch(旧2ch)の法律相談板には「若手弁護士本音スレッド」(2011/12/15設立)が存在する。ねらー法曹が団体といえるかはともかくとして,いちおうここで紹介する。このスレでは,「『若手』の定義は各自にお任せします」とされている。明示的に主観説を採用している希有な例である。
 ただ,「若手法曹スレッド」(2005/04/06設立)は,「登録約5年以内の弁護士及び任官約5年以内の判事補(未特例)並びに検事が互いに交流を深め研鑽するためのスレッドです。 」とされており,ねらー法曹の間でも空気感の違いがあるようである。

・神奈川県弁護士会の就職希望者の履歴書預かりサービス
 神奈川県弁護士会が,県内の法律事務所に就職を希望する若手弁護士について,履歴書を預かった上で県内の弁護士に情報提供をするサービスを行っている。
 ここでは「若手弁護士(登録3年未満)」とされている。やや短め。

・京都弁護士会の少壮会
 京都弁護士会に存在する,若手弁護士が参加する派閥?の少壮会。ここでは「登録5年目までの若手弁護士」が参加できることになっている。

・全弁協
 全弁協,全国弁護士協同組合連合会が募集する,所得補償保険「若手弁護士応援プラン」。ここでは,「満20歳~満39歳まで」とされている。こういう保険の加入の場面では病気リスクの方が効いてくるので,キャリアは関係ないのであろう。
 引受保険会社は日弁連御用達の損保ジャパンのようである。

判例

 実は,若手弁護士の定義については,裁判例が存在する。
 千葉地裁松戸支判平成2年8月23日判例タイムズ784号231頁である。
 原告が,弁護士である被告に対して事件を依頼したところ,被告が若手弁護士も代理人に加えさせ,爾後は若手弁護士とだけ打ち合わせをしたことが委任契約上の債務不履行に当たるとして損害賠償を求めた事例である。
 よくある「ボス弁先生に頼んだのに頼りない新人が出てきた」的な話である。この点については,「一件の事件を複数の弁護士が受任した場合に,その一人が訴訟活動を担当し,他の弁護士は必要に応じてこれに協力するにとどめることは,委任者からこれを不満とする明示の意思表示がなされない限りは、委任の趣旨に反するものではない」などという一般論を判示しており,参考になる。
 では若手弁護士の定義とは。争点に対する判断中には,「若手弁護士である(実名)弁護士に協力を依頼し・・・たことが認められる」とあり,この実名弁護士を若手弁護士であると事実認定しているようである。
 この弁護士を調べてみると,16期,御年87歳の超大ベテランのようである。委任をしたのが昭和49年の時点なので,当時のこの弁護士は43歳,弁護士11年目くらいであったと思われる。時代背景を考えても,なかなかに大胆な定義である。某先生がリアルガチで含まれそうな若手の定義に大草原不可避である。

まとめ

 以上のとおり,「若手弁護士」の定義の実態には様々なものがあった。そこでは,大きな一貫性は見られず,定義する側の論理で決められていることが想像できるものもあった。まさに折衷説的に判断されていることが明らかであり,折衷説の正しさが実証的にも明らかになったといえよう。
 また,客観説からは到底説明できない範囲にまで若手弁護士概念を拡張している裁判例からは,裁判所の見解も少なくとも客観説を採らないことが分かった。
 もっとも,「若手弁護士」は今後も減ることはなく,弁護士会を,日弁連を,ひいては社会を動かし続ける存在であるはずである。今後の「若手弁護士」概念の理論の進展に期待したい。

*1:鮮度のいいうちに若手ネタを消費する目的もありますが・・・w