刑裁サイ太のゴ3ネタブログ

他称・ビジネス法務系スター弁護士によるニッチすぎる弁護士実務解説 TwitterID: @uwaaaa

架空法令概論

はじめに

 閑散としたブログを賑やかすために,八百選に掲載した書き下ろし過去ネタをシングルカットします。
 今回は「架空法令概論」です。今年になってからなぜか2回ほど,対バイオロン法が話題になることがありましたのでコレを選びました。
 しかし,これ書いたのもう4年前なの・・・(初出,大嘘判例八百選第8版(平成29年8月刊行))。

原典のはじめに

 世の中の創作物には,架空の法令が頻繁に登場する。しかし,創作者たちは立法技術に明るくないことが多く,わりといい加減な内容の法令が世に出てしまう。
 そのような現代にドロップキックするため,架空法令を論じようというのがこの論考である。

架空法令のたった1つの簡単な作り方-トレパク

 法令は,著作権法13条1号により,著作権の目的にならないので,いくらでもトレパクし放題である。リアルな法律を弄ればリアルっぽい法律ができる。創作者としての禁忌ではあるが,合法だというのであればこれを使わない手はないであろう。
 以下に述べていく2つの法律も,既存の法令をトレパクしており,参考になる。逆に,トレパクしていないと,体裁すらいい加減になり,クオリティが著しく下がる。最後に見る法律がいい例であろう。
 弁護士が作成する契約書もひな形があってこそである。その意味では,架空法令を作るのもトレパクを基本に考えるべきである。

図書館法-『図書館戦争』シリーズより

 まずは,『図書館戦争』シリーズに登場する,図書館法から見ていく。

第1章 - 総則(第1条 - 第9条)
第2章 - 公立図書館(第10条 - 第23条)
第3章 - 私立図書館(第24条 - 第29条)
第4章(図書館の自由) - 図書館の武装化(第30条 - 第34条)
 第30条 図書館は資料収集の自由を有する。
 第31条 図書館は資料提供の自由を有する。
 第32条 図書館は利用者の秘密を守る。
 第33条 図書館はすべての不当な検閲に反対する。
 第34条 図書館の自由が侵される時、我々は団結して、あくまで自由を守る。

 実在の「図書館法」(1条~29条)に,これまた実在の「図書館の自由に関する宣言」の標題を加えて構成されており,架空法令の中では非常に実在性が高い点が注目される。トレパクもトレパク,そのまんまの引用である。
 細かい点を指摘すると,第33条は,元ネタでは「不当でない検閲はない」として,「不当な」という文言が削除されているのが反映されていないこと,第34条の元ネタでは,「(前略)とき,われわれは(後略)」となっているが,漢字表記になっていることが上げられる。特に,後者のうち,「とき」は,公用文のルール的には元ネタと同様,ひらがな表記が正解である(条件を表す「とき」はひらがなが原則である。)。「われわれ」は公用文のルール的には漢字が正解である。
 なお,『図書館戦争』シリーズには,「メディア良化法」も登場するが,条文は明らかになっていないようである。もっとも,内容的には,公権力たるメディア良化委員会が検閲をするというもののようで,一見して明らかに違憲であろう。

新世紀教育改革法(BR法)-『バトル・ロワイヤル』より

 次に,『バトル・ロワイヤル』から,新世紀教育改革法(BR法)を見る。

前文・新世紀教育改革宣言
 われらは、かつて民主的で文化的な国家を建設、世界の平和と人類の福祉に貢献しようとする決意を示した。
 しかし、新世紀を向えた今、学校崩壊、不登校など現実の教育現場を覆う数々の難題は、旧来の基本理念では到底解決し得るものではない。対応策はひとつ。<強い大人>の復権。われらは今ここに、新世紀にふさわしい新しい教育の基本を確立するため、この法律を制定する。

○まず,前文がある法律はあまり多くない。しかし,「高齢社会対策基本法」や,「教育基本法」等の基本法,「原子爆弾被爆者に対する援護に関する法律」や「配偶者からの暴力の防止及び被害者の保護等に関する法律」等の社会問題に対応すべく制定された法律ではよく見られる。BR法もこのような法律であるというのであろう。その点はリアルといえばリアルである。
 全体的に憲法前文を意識しているような文言であることも注目される。

第一条 BRの目的
 バトル・ロワイアル(以下BR)は、心身ともに健康な国民の育成を目指して行うものである。

○前文があるものの,第1条は,目的っぽく定めて欲しいところである。なお,「心身ともに健康な国民の育成」は教育基本法の第1条からの引用である。
 条文の標題はカッコでくくろう(以下同じ)。
 よりそれっぽくするなら以下のような感じになるであろうか。

この法律は,教育現場が荒廃している現状を打破すべく,教育の目的が人格の完成を目指し,平和で民主的な国家及び社会の形成者として必要な資質を備えた心身ともに健康な国民の育成にあることに鑑み,強い大人の復権を目指すため,バトル・ロワイヤルの実施その関係法令を整備することにより,もって,教育の目的に適う国民の育成を図ることを目的とする。

第二条 BRの対象
 BRは、義務教育を終える全ての中学三年生のうち毎日一クラスを恣意的に選択、これを対象者とする。なお、その機会はすべての国民に、男女の別、人種、心情、社会的身分を問わず等しく均等にあるものとする。

○法令にアルファベットやカタカナはあまり登場しない。BRはせめて「バトル・ロワイヤル」と表記すべきであろう。クラスは学級でよい。
 そして,「義務教育を終える全ての中学三年生」ではダメで,「学校教育法 (昭和二十二年法律第二十六号)に規定する中学校、義務教育学校中等教育学校の前期課程又は特別支援学校の中学部の最終学年」とでもすべきであろう。
 「毎日」も不自然。実際は平日だろうから,平日としよう。
 法令で「なお書き」は変。2項にするか,「なお,」を削るべき。ただし書きでもよいかも。男女の別は単に性別でよいし,憲法14条を踏まえての引用なら,列挙の順番も14条にならうべきであろう。
 また,そもそも第2条なので,定義規定を置くべきであろう。


バトル・ロワイヤルの実施者は,その対象者を,平日(土曜日,日曜日,国民の祝日に関する法律(昭和23年法律第178号)に規定する休日その他の休日をいう。)ごとに学校教育法 (昭和二十二年法律第二十六号)に規定する中学校、義務教育学校中等教育学校の前期課程又は特別支援学校の中学部の最終学年に当たる学級のうちから恣意的に選択する。ただし,対象者となるべき機会は,人種,信条,性別,社会的身分又は門地を問わず,等しくあることとする。
●この法律において「バトル・ロワイヤル」とは,バトル・ロワイヤル対象者間で生存者が1名となるまで武力闘争を行うことをいう。

第三条 BRの方針
 BRの全ての対象者は明るく、楽しく、元気に戦わなくてはならない。
第四条 BRの義務
 BRの全ての対象者は正々堂々戦う義務があり、なんぴともこれを拒否、ならびに妨害することはできない。

○いずれも「バトル・ロワイヤル対象者の義務」でくくれる。また,拒否と妨害は,普通は何らかのサンクションでもって禁止をするはずではないかと思われる。


バトル・ロワイヤル対象者は,明るく,楽しく,元気に,かつ正々堂々と戦わなければならない。
●第N条の規定に違反した者は,10年以下の懲役に処する。

第五条 BRの超法的措置
 BRの全ての対象者には超法的措置が認められ、対象者間でなら殺人、放火、銃器や薬物の使用などあらゆる行為が認められる。ただし担当教官ならびに運営協力者への反抗、妨害、復讐などについては厳重に処罰される。

超法規的措置を法律で定める不思議。法律に定められた時点で法規的措置じゃろ。端的に適用除外とすればよかろう。
 反抗については,指示に従う義務と反抗の禁止を定めて,違反した場合の罰則を定めるのが通常かと思われる。


バトル・ロワイヤル対象者間の行為については,刑法(明治四十年四月二十四日法律第四十五号)その他の罰則は適用しない。
バトル・ロワイヤル対象者は,バトル・ロワイヤル実施者の指示には従わなければならない。
2 バトル・ロワイヤル対象者は,バトル・ロワイヤル実施者に対して反抗してはならない。

第六条 BRの優勝者
 BRすべての対象者の中から生き残る優勝者は、いかなる理由があろうとも、必ず一名でなくてはならない。

○元ネタだと,「殺し合う」という要素がこれまでの条文のどこにも出てこない。ここで定義規定が生きてくる。また,ダブルノックアウト等の場合の可能性も考慮すべきでは。


●この法律において「バトル・ロワイヤル」とは,バトル・ロワイヤル対象者間で生存者が1名となるまで武力闘争を行うことをいう。
バトル・ロワイヤルにおける生存者は,生存者となるべき複数の者が同時に死亡した場合等を除き,いかなる理由があっても1名とする。

第七条 BRの優勝者の生活保障
 BRの優勝者には、国家が理想とする心身ともに健康な国民のシンボルとして、その生涯における一切の生活の保障がされる。なお、その費用については全ての国民が負担するものとする。

○全ての国民が負担というのはちょっとおおげさではないか。


バトル・ロワイヤルの生存者は,国家が理想とする心身ともに健康な国民の象徴として、その生涯における一切の生活の保障がされる。
2 前項に係る費用は国庫の負担とする。

第八条 BRの担当教官
 BRの運営の責任は一切、担当教官にあり、教官は推進委員会の構成メンバーの中から推薦・選抜される。担当教官にはBRを円滑に進行するためなら、一切の超法規措置が認められる。ただし、国家ならびに推進委員会は担当教官の生命の保障は負わないものとする。

○「保障を負わない」が悩ましい。法律で定めるのは無理。まあそれを言い出すと,この法律の全部が無理だけど。


バトル・ロワイヤル実施者は,バトルロワイヤル推進委員会のうちから,担当教官を選任する。
2 担当教官は,バトル・ロワイヤルを円滑に実施するための一切の権限を有する。

第九条 BRの対象者家族への保障
 BRの対象者の家族へは別途規定に基づいた慰安金が支払われるものとする。

○別途規定ではなく,政令あたりに委任しよう。税金から支出されるのであろうから,家族の定義もしっかりしよう。「保護者」ということになるであろうから,親権者又は未成年後見人でカバーできるだろう。


バトル・ロワイヤル対象者の親権者又は未成年後見人は,政令で定めるとおり,慰安金を受け取ることができる。

第十条 BR補則
 BRを円滑に実施するために、必要がある場合には適当な法令が制定されなければならない。

○リアルっぽい感じの条文。だけど,ちょっと詰めが甘い。


バトル・ロワイヤル実施者は,バトル・ロワイヤルを円滑に実施するため,必要に応じて適切な措置を講じなければならない。

附則
 この法律は、公布の日から、これを施行する。

○体裁はこれでよいものの,即日施行とすると,施行当日のBRはどうするのかという問題が発生する。そうでなくとも,これほどまでの大がかりな制度を実施させるのであれば,周知や準備等のために別途政令等で決める方法にして年単位で間を開けるべきではないかと思われる。


●この法律は、公布の日から起算して3年を超えない範囲内において政令で定める日から施行する。

悪い例-対バイオロン法-『機動刑事ジバン』より

 悪い例も見ておこう。機動刑事ジバンから,対バイオロン法である。
 犯罪組織バイオロンを取り締まるため,国家上層部?が取り決めた法のようであるが,突っ込みどころが多すぎるので,ガンガン指摘していく。

第一条
機動刑事ジバンは、いかなる場合でも令状なしに犯人を逮捕することができる。

○1条なのに目的ではない。令状主義の精神を1条から放棄していくスタイル。

第二条
機動刑事ジバンは、相手がバイオロンと認めた場合、自らの判断で犯人を処罰することができる
補則)場合によっては抹殺することも許される

○「相手がバイオロンであると」にしよう。糾問主義どころか,その場で処罰できちゃうとか中世かな?
あと補則ってなんだよ。

第三条
機動刑事ジバンは、人間の生命を最優先とし、これを顧みないあらゆる命令を排除することができる

○複数の人命が危機にさらされたらどうするんですかね。

第五条
人間の信じる心を利用し、悪のために操るバイオロンと認めた場合、自らの判断で処罰する事ができる

○「人間の信じる心を利用し、悪のために操るバイオロン」要件を満たすなら,当然2条の条件を満たす。a+bか? あと主語がない。

第六条
子どもの夢を奪い、その心を傷つけた罪は特に重い

○およそ法律の条文の体をなしていない味わい深い条文。

第九条
機動刑事ジバンは、あらゆる生命体の平和を破壊する者を、自らの判断で抹殺することができる

○これもバイオロンなんだろうから,a+bじゃないかね。

悪い例- ” 喰種 ” 対策法-『東京喰種』シリーズより

 もうひとつ悪い例として,アレがアレでアレになりそうになった『東京喰種』に出てくる ” 喰種 ” 対策法をピックアップしてみよう。これもまた,トレパクしてないっぽいので,格がふわふわしているように見える。
 人を喰らう怪物である喰種。喰種に対抗する機関のための法律がこれである。

 12条1項
  赫眼および赫子の発生が確認された対象者を第 I 種特別警戒対象別称 “ 喰種 ” と判別する。

○「第 I 種特別警戒対象別称 “ 喰種 ”」のくだりが厨二っぽくて個人的には苦手な条文。第Ⅱ種以降って出てくるんだっけ? そもそも,喰種対策法なのにここで喰種の定義付けをるのには違和感しかない。せめて2条で定義して欲しい。

 12条2項
  “ 喰種 ” と判別された対象者に関してあらゆる法はその個人を保護しない。

○喰種を人として扱う前提なのか,そもそも喰種に法が適用されるのかどうかという問題。あ,でも13条2項は喰種にも法の保護が及んでいるように読めるな。矛盾しているような……。

 13条1項
  喰種捜査官は住民の安全を最優先に任にあたる。

○義務規定にすべきでしょうね。『喰種捜査官の任務の遂行に当たっては,住民の安全を最優先しなければならない。』とかね。そうするだけでリアルな条文になる。

 13条2項
  “ 喰種 ” に対し必要以上の痛みを与える事を禁ずる。

○先にも指摘したけど,個人を保護しているようにも捉えられる条文。あ,主語もない。

まとめ

 以上のとおり,架空法令を作るのにトレパクが有用であることを踏まえて,いくつかの架空法令を論評してきた。架空法令におけるトレパクの有用性が改めて確認できたのではないだろうか。  
 当職は,このような架空法令コンサルタントを自称しているものであり,今後,架空法令を欲する全ての創作者に対して,力になりたいと考えている。ということで,架空法令の作成依頼をお待ちしております^^

令和3年3月5日の日弁連臨時総会の議案を整理したよ

はじめに

 なんか,令和3年3月5日に日弁連の臨時総会があるらしいんですけど,招集通知に議案が19件もある上,読ませる気がないのか,数件ごとに「改正条文→提案理由→参考資料」という順に記述されているという編集方針で,目次も可読性に配慮されているとは思えず,どういう改正が議論されるのか全く分からないと思われるので,時間のない皆さんのために,時間のないサイ太が簡単に整理したよ。

第1~4号議案

 定期総会絡みの改正だよ。要はコロナ対策だね。
 定期総会の開催地を変更できるようにしたり(いつもは東京と地方を隔年で回してるよ。),1人が代理できる議決権を増やしたり,議案書を電子提供できるようにしたりするよ。
 この関係で,ウェブ総会を開けるようにするという議案を上程しようという動きがあるみたいだよ。

第5~6号議案

 これもコロナ対策で,理事会・常務理事会がらみの改正だよ。
 日弁連の理事会や常務理事会にリモート参加できるようにするよ。
 でもコロナとは無関係の改正点もあって,総会も含めて,議事規定では発言しようとする者は起立した上で議長に発言許可を求めることとされているのを,実態に合わせて,まず議長が挙手を求めるという風に改正するよ(なんで今改正するのかは特に書いてなかったよ。)。あと,議長の発言者の選定について,もとよりその裁量ではあるけど,その他の発言者よりも発言通告した人を優先しやすいように改正するよ(ここらへん,荒れそうだね。荒会長だけに。)。

第7~15号議案

 日弁連の各種委員会・審査会等にリモート参加できるようにする規定だよ。綱紀委員会の対象弁護士とかの場合は,同意や許可が必要だったりするように決めるみたい。これもコロナ対策だね。

第16号議案

 時限立法だった債務整理事件処理規程の期間をさらに5年を限度に伸ばすという改正だよ。公取委にも照会済みだそうだよ。もともと予定されてた改正かな。

第17号議案

 小規模弁護士会助成制度についての改正だよ。ていうかそんな制度あったんだね。これももともと予定されていたっぽいね。
 日弁連から小規模な弁護士会助成金を出すというそのまんまの制度なんだけど,その要件を変更しようというものだよ。現行規定よりも少しだけ会員が多くても高い金額の助成を受けられるようになるよ(70人以下を80人以下にするとか、些末だけどね。ちなみに助成金は100万~500万円)。
 全国の会費と平均所属委員会数・委員会の人数とかのデータ(都会は委員会の人数が多いのに所属数は少ないのに、地方は真逆でわりとグロいよ。)とか資料が充実しているのでこれだけでも読むと面白いよ。

第18~19号議案

 弁護士が会社等の役員や従業員になるときの営利業務の届出をする際に,その会社等の登記事項証明書の提出に代えて,登記情報の提供でOKにするようにする改正だよ。若手の組織内弁護士は,上司の許可が必要で外出できず,郵送で取り付ける場合も費用がかかるので大変というのが改正理由らしいよ。若手でなくとも,組織外弁護士でももっと理不尽な出費迫られてると思うけどね(ビルの名前が変わって登録事項を変更させられたりとかね。)。

まとめ

 第17号議案の提案理由(57頁以下)は面白いので読もう。

新型コロナ法テラス特措法案の問題点について本気出して考えてみた

はじめに

 新型コロナ法テラス特措法案(以下,「特措法案」といいます。)がTwitterの弁護士を中心に話題になっています。
 先日国会が閉会しましたが,廃案となったわけではなく,衆議院の法務委員会において閉会中審査となっているようで,未だ予断を許さない情勢です。
 ということで特措法案の問題点について本気出して考えてみたYO
 でもこんな場末のクソザコブログより,岩田先生のブログの方が参考になるYO
yiwapon.net


当職のスタンス

 当職はなんだかんだ言いながらも,法テラスの扶助案件をクッソ担当しています。*1
 この法律案が出来れば扶助案件が増えるので,むしろ賛成すべき立場にも見えます。
 しかし,そのような事情がありながら,私はどちらかというと大反対です。

そもそも新型コロナ法テラス特措法案って何?

 新型コロナの影響で権利が侵害された人を救済するため,それらの人に法テラスを利用しやすくするという,一見すると素晴らしい法案です。
 正式名称は「新型コロナウイルス感染症等の影響を受けた国民等に対する援助のための日本司法支援センターの業務の特例に関する法律案」といいます。
 立憲会派の階猛君外三名による議員立法で,衆議院のサイトに法律案が公開されています。
www.shugiin.go.jp


 第1条の趣旨を見ましょう。

 (趣旨)
第一条 この法律は、新型コロナウイルス感染症及びそのまん延防止のための措置の影響を受けた国民等が裁判その他の法による紛争の解決のための手続及び弁護士等のサービスを円滑に利用することができるよう新型コロナウイルス感染症及びそのまん延防止のための措置の影響を受けた国民等に対する援助のための総合法律支援法(平成十六年法律第七十四号)第十三条に規定する日本司法支援センター(以下「支援センター」という。)の業務の特例を定めるものとする。
(強調はサイ太)
http://www.shugiin.go.jp/internet/itdb_gian.nsf/html/gian/honbun/houan/g20105025.htm

 ということで,特措法案はこれだけ読むと一見よさそうな法律案となっています。

問題点を一言でいうと

時間のない皆さんのために,特措法案の問題点を1ツイートにまとめました。


以下,このそれぞれについて見ていきましょう。

1,代理援助のハードルを下げると利用可能になる案件が激増

 法テラスが弁護士費用等を援助してくれる民事法律扶助には,「法律相談援助」「代理援助」「書類作成援助」の3つがあります。*2
 「法律相談援助」は,利用者からすると法律相談料がタダになり,法律相談料の水準も一般的な水準なので,みんなが喜ぶ素晴らしい事業です。同様に,「書類作成援助」はそんなに負担感もない上,ぶっちゃけそんなに活用されていないのでわりとどうでもいい話です。
 ヤバいのは「代理援助」です。代理援助というのは,交渉や訴訟を行うための弁護士費用を法テラスが立替えて,利用者はこれを分割で償還していくという制度です。
 分割自体は大いに結構なのですが,どうして償還の必要があるのか,という話です。諸外国の類似制度はリーガルエイドと呼ばれ,給付を原則に考えています。しかし,日本の実態はリーガルエイドどころか,リーガルローンです。*3ここらへん,日本では奨学金が貸与が基本で,諸外国では給付が基本であることともよく似ています。


 ちょっと代理援助制度に対する問題点を論いすぎて論点がずれそうなので本題に戻します。
 特措法案はこれらの利用基準を緩和することを企図しています。立憲民主党のHPによれば以下のとおりです。

援助の対象者となるのは、新型コロナウイルス感染症及びそのまん延防止のための措置の影響により収入の著しい減少があったものとされ、具体的な基準については半分程度の減収を想定しています。
https://cdp-japan.jp/news/20200612_3093

 そもそも,法テラスの民事法律扶助の利用基準としては資力要件があり*4,収入要件と資産要件とがあります。
 資力要件はこちらです。

f:id:go3neta:20200619201452p:plain
資力基準。以降,世帯人員が1人増えるごとに3万(3万3000円)増やす。
 世帯収入の平均は約550万円のようであり*5,手取りに直せば月35万程度ですので,世帯の平均を下回ればすぐに収入基準を満たすことになりそうです。
 資産要件は,不動産,有価証券,現預金が180~300万円(1人から4人以上で変動)以下です。
 この資力基準を満たさない人でも,半額に減収となれば利用が可能になるというわけです。
 半額の減収というのはそれ自体,厳しい条件のようにも見えます。
 しかし,この条件がさらに利用しやすくなる可能性は否定できないところです。
 また,先に述べた収入要件は,2ヶ月分の給与明細と前年の課税証明・源泉徴収票等で疎明するので,多少の減収でも本来の収入要件を満たす可能性があるでしょう。*6 また,預貯金を切り崩して凌いだ結果,資産要件を満たしてしまうこともあり得るでしょう。
 以上のように,ただでさえ収入や資産が目減りする状況なので,法律扶助案件の要件を満たす人が多くなることは必定です。

2,法テラスの報酬水準は極めて低廉な上,手続が煩雑

 前者の点について,立憲民主党の打越さく良先生がエビデンスが欲しいと言っていました。


 じゃあ,法テラスの報酬基準と,多くの法律事務所が採用している日弁連旧規定とを比べてみましょう。
 法テラスの報酬基準がこちら。
https://www.houterasu.or.jp/housenmonka/fujo/index.files/100861468.pdf
 で,日弁連旧報酬規程がこちら。*7
https://yamanaka-bengoshi.jp/wp-content/uploads/2019/06/%EF%BC%88%E6%97%A7%EF%BC%89%E6%97%A5%E5%BC%81%E9%80%A3%E5%A0%B1%E9%85%AC%E7%AD%89%E5%9F%BA%E6%BA%96%E8%A6%8F%E7%A8%8B%EF%BC%88%E5%B9%B3%E6%88%90%EF%BC%91%EF%BC%96%E5%B9%B4%EF%BC%94%E6%9C%88%EF%BC%91%E6%97%A5%E5%BB%83%E6%AD%A2%EF%BC%89.pdf
 といっても表だけ見ても分からないので,典型的な金銭請求事件の経済的利益との関係でどういうことになるのかエクセルでまとめてみました(消費税込み,事件の難易により増減も可能。)。
 着手金がこちら。
f:id:go3neta:20200621112505p:plain
法テラスの報酬基準と日弁連旧報酬規程との違い(着手金)
 報酬がこちら。
f:id:go3neta:20200621112542p:plain
法テラスの報酬基準と日弁連旧報酬規程との違い(報酬)
 少しでも面白くなればと思ってポップ体で表を作ったんですが,ちっとも面白くありませんね。報酬が安いという話はこの表に尽きているかと思います。これを見てもダンピングでないとすれば,そのエビデンスを持ってきてほしいものです。 
 ちなみに,100万円を請求する場合,法テラスを利用した方が着手金では得をする結果となりますが,法テラスにはこういうバグが稀によくあります。他にも,1~4社に対して任意整理を受任すると法テラス利用の場合,11万円となって,(おそらくは)多くの事務所の基準を超えてくることがありました*8


 手続が煩瑣なのは言うまでもないでしょう。
 申込みのためには,
・援助申込書
・法律相談票
・資力申告書
・事件調書
口座振替依頼書
を提出し,このほか,収入資料,住民票,登記簿等の提出を迫られます。*9
 その上で,契約書と重要事項説明書を弁護士側が対応する必要があります。従前は法テラスの地方事務所が請け負っていたのがなぜか弁護士側に押しつけられた経緯があります。
 さらには,着手・中間・終結の各報告書,方針が変われば方針変更報告書,追加で費用がかかれば追加費用支出申立書等を提出します。
 扶助案件をやっているとこのほかにも様々な雑務が発生します。私はすべて自分で対応していますが,事務に投げたとしても大変な作業です。
 最近は各種書式も自分で用意しなければなりません。ご親切にも,法テラス側では書式を公開しているのですが,・・・まあ実際にご覧ください。
www.houterasu.or.jp
 これを見て,自分が必要な書式を一発で探せますか? 書式を探しに来たのに一番上にあるのは法テラスとの扶助契約の申込書ですからね・・・。
 いやー,こんな感じで実に使いやすい手続ですね。これらに掛かる時間も含めて上記の報酬ですからね。制度を作ってる奴らと違って,俺たち底辺弁護士は細かい書式も全部自分で記入させられてるんですけど・・・。

3,弁護士には法テラス制度の教示義務(努力義務)があり,教示があればそちらに流れるのは必定

 後段の「安く使える制度があればそちらに流れること」は自明でしょう。
 では,前段について。
 弁護士職務基本規程という倫理規程が定められています。弁護士はこれに違反すると懲戒請求を食らったりしますし,これの解釈運用の学ぶ倫理研修を定期的に受講する義務があります。
 その33条には次のような規定があります。

(法律扶助制度等の説明)
第33条 弁護士は,依頼者に対し,事案に応じ,法律扶助制度,訴訟救助制度その他の資力に乏しい者の権利保護のための制度を説明し,裁判を受ける権利が保障されるように努める。
https://www.nichibenren.or.jp/library/ja/jfba_info/rules/data/rinzisoukai_syokumu.pdf

 はい,これが教示義務です。「努める」とあって明示的に努力義務ではありますが,弁護士職務基本規程の解説書でも

 したがって,弁護士は資力に欠ける依頼希望者に対しては,法律扶助や訴訟救助の制度の内容を説明し,可能な限り,それらを利用するように勧めるべきであって,支払能力の不足を理由とする単純な受任拒絶は本条の趣旨に沿う態度とはいえない。
解説弁護士職務基本規程第3版 114頁

と釘が刺されています。やり方次第では品位を害するとして懲戒事由に当たる可能性も否定はできないでしょう。
 「法テラスなんか切れ」とか言ってる品位の高い諸兄には関係のない話かも知れませんが,都市部の先生と違い,地方の弁護士は受任を拒絶するのが忍びないこともありますし,受任を強く要請される紹介案件などもありますし,言うほど簡単に切れないっすよ。
 いずれにせよ,教示する義務があるということです。特措法案が万が一成立すれば,教示するまでもなく大きく報じられ,法テラス側も大きく告知を行うことから,依頼者の方からこの制度の利用の申し入れも増えるでしょう。
 そうなったときに,「法テラスを切れ」と言い続けられるでしょうか。

4,弁護士たちは法テラスの低い水準の報酬で受任を迫られる

 ここまで述べてきた論理を積み重ねるとこの結論になります。
 「お前ら成仏,オレ手柄」

今後に向けた意見

 階猛先生は,法科大学院制度を批判するなど,一連の司法制度改革を批判していた旗手だと認識しており,陰ながら応援しておりました。しかし,今回の法案だけはいただけません。
 上記の問題は代理援助の要件を緩和しようとする点に起因します。要件を緩和するよりも,利用者の償還の必要がない法律相談援助を有効に利用して困っている人を探すことに注力すべきでしょう。本件のリーディングケースとなった東日本大震災の時にも,無料相談が政策形成にも大きく寄与しました。
 ひいては,法律扶助がリーガルエイドではなくリーガルローンであることもこれを期に考え直すべきでしょう。償還免除のハードルを下げれば真の意味のリーガルエイドに近くなるはずです。そして,償還があることから低廉に押さえられている報酬基準も高くすることができるようになるでしょう。

結びに代えて

 仮にこの法案が通って弁護士たちが疲弊したとしても,日弁連には自衛隊に反対する人が多いから飛行機すら飛ばしてくれないでしょうね。南無。

*1:あれだけブログが炎上しても国選も精力的にやっています。

*2:法律扶助なのにどうして「援助」なんですかね。すっげぇややこしいんですけど。

*3:そのくせ法テラスはリーガルエイドだと言い張っています。

*4:「勝訴の見込みがないとはいえない」とか「扶助の趣旨に適合」とかの要件もありますが通常は問題になりません。

*5:https://career-picks.com/average-salary/setainenshu-heikin/

*6:休業手当として6割しか受け取れなかったケースでは容易に満たすでしょう。

*7:山中先生,ありがとうございます。

*8:今は運用が変わったという情報がありました。https://www.houterasu.or.jp/chihoujimusho/saitama/page17_00019.html

*9:申込書には調書作成時間も書くことになっており,相談時間?に含まれることになっています。そのくらい面倒だということは法テラス側も理解しているような気がします。