刑裁サイ太のゴ3ネタブログ

他称・ビジネス法務系スター弁護士によるニッチすぎる弁護士実務解説 TwitterID: @uwaaaa

ネタバレ判例百選

はじめに&自己紹介

 本稿は,以下のアドベントカレンダー企画の(2019年)12月9日版として書きました。
「謎解きとかマーダーミステリーとか楽しいものを語りたい」
adventar.org
 @nazoko_dayoさん,貴重な機会をご提供いただき,ありがとうございます。ブログ,いつも楽しく拝見させていただいております。
 本稿は,改訂の上,12月30日(月・3日目)に参加予定のコミックマーケットの新刊「大嘘判例八百選[第13版]」に掲載予定です。
 同趣旨のアドベントカレンダーに寄稿するのは3度目ですので,自己紹介等は以下の記事に譲ります。一言でいうと,「謎解きと判例検索が好きな現役弁護士」です。S社の時間制公演の参加数がようやく3桁に到達しました。
謎解き判例百選 - 刑裁サイ太のゴ3ネタブログ
謎解き関係の登録商標まとめ - 刑裁サイ太のゴ3ネタブログ


本稿を書くのに至った理由

 全ての人を悲しませる「ネタバレ」。謎解きイベントの運営者も参加者も心を痛めている問題です。
 しかしながら,法律の観点から「ネタバレ」について論じられることは少なく,社会派弁護士*1として整理しようかと思い立ちました。
 本稿では,まず,「ネタバレ」の定義や起源について振り返り,実際に「ネタバレ」が議論された裁判例を概観して,謎解きイベントのネタバレについて考察します。

!ネタバレ注意!

 「ネタバレ」について書く場合に必ず問題になるのが,「ネタバレ指摘自体がネタバレ」という問題です。いわゆる「荒らしに構うヤツも荒らし」理論です(?)。本稿も,以下のゲーム等の核心部分について言及するというネタバレを含む可能性があります*2
ゲーム:ドラゴンクエスト

ネタバレの定義と起源

 デジタル大辞泉によると,以下のとおりです。

仕掛け(ねた)が事前にわかって(ばれて)しまうこと。主に映画・演劇・小説・漫画などの作品の内容や結末が露見すること。また、その情報。
https://dictionary.goo.ne.jp/word/%E3%81%AD%E3%81%9F%E3%81%B0%E3%82%8C/#jn-170179

 おおむねこの定義で合っていると思います。ただ,今では,「ネタ」の対象がスポーツ等の結果にも広がっていますし,「ネタバレサイト」のように「発売日前に早売りした情報をアップすること」自体の意味にも変容されつつあるので注意が必要です。
 裁判例を調べましたが,調査の範囲内では「ネタバレ」を積極的に定義しているものはありませんでした。逆に,注釈や「いわゆる『ネタバレ』」のような表現もなく,文脈から上記定義のような意味合いと見受けられます。少なくとも法曹関係者には上記のような定義で受容されているのではないかと思われます。
 元々,インターネット界隈から広まった言葉であるようで,2004年5月4日 (火) 03:13 に編集されたwikipediaの「ネタバレ」の項の初版にも

ネタバレとは、作品(映画、漫画、ゲーム等)の内容に関わる部分をその作品を観た者がネット上などのファン掲示板等で語り合う場合に、まだ内容を観ていない人、つまり自分が観る前にその内容を知りたくない人達に向けて警告(というのはいささかおおげさだが)するときに使う言葉。その掲示板自体にネタバレ度合いが強い場合は、あらかじめネタバレ注意などのキーワードが書いてある場合が多い。
https://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=%E3%83%8D%E3%82%BF%E3%83%90%E3%83%AC&oldid=358673

とあります。
 論文検索サイトCiNiiを叩いたところ,最も古い使用例としては「インターネット掲示板エスノグラフィー」という2004(平成16)年の論文が見つかりました。引用します。

参加者たちの「ネタバレ」に関する批判は他者の投稿内容に留まらず、NHKの番組宣伝や、公式ホームページ、新聞雑誌の「冬のソナタ」の内容紹介記事などマスコミの紹介範囲にまで及んでいた。これらのマスコミに対する不満の書き込みが計18例見られ、多くの参加者にとっては先を知らないことが大切であると捉えられていることがわかる。
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jsmrejournal/1/0/1_KJ00008933214/_article/-char/ja/

という感じで,冬のソナタのネット上の公式掲示板のネタバレについて論じられていました。括弧書きでの引用なので,この時点では,「まだそこまで定着しておらず,論文に用いるのにはやや俗っぽい用語」と捉えていることが窺われます。
 まあ,ネット普及前のファンコミュニティは,よく見知った同士であることが多い上,「掲示板の書き込みを強制的に見せられてしまう」ような事態も少なく,「ネタバレ」に名前を付けるほど気にするようなこともなかったのでしょう*3
 このように,2000年代前半に,「ネタバレ」という言葉が普及したことで間違いなさそうです。
 ところで,2000年頃に発行された「隠語大辞典」によると,「ねたばれ」について,

折角仕組んだ秘密の企画の露見。
https://www.weblio.jp/content/%E3%81%AD%E3%81%9F%E3%81%B0%E3%82%8C

という意味が掲載されています。
 実際,「東京地裁平成14年7月19日D-1」では,他人名義の土地を売却して代金を得たヤバい地面師事件において,共犯者が「おやじ,もうネタばれしてるんじゃないの」と供述したことが認定されていました。これは明らかにこの隠語大辞典の用例ですね。判決は平成14(2002)年に言いわたされましたが,「ネタばれ」発言は1990年代でしたので,遅くともこの頃には「ねたばれ」という隠語は定着していたようです。*4
 なお,この裁判例の被害者のひとりは,マラソンランナー・指導者として名高い瀬古利彦氏でした。その縁?で弁護士会関係の記事に登場しています。
www.kanto-ba.org
 ということで,「ネタバレ」はこの隠語から影響を受けて誕生した言葉の可能性もあり得そうです。ただ,本稿は起源を探るのが本題ではないので可能性を指摘するのに留めます。

ネタバレが問題視されたとされる裁判例ドラゴンクエストⅡ事件

 【東京地決昭和62年2月24日判例時報1222号134頁】という裁判例があります。「ドラゴンクエストⅡ事件」としてつとに著名です。これが,ネタバレが問題視された最も古い裁判例ではないかと目されています。
 ドラゴンクエストⅡを製作・販売していたX社ほか3社*5が,ゲーム雑誌の出版社に対し,著作権に基づき,ゲーム画面の掲載禁止・掲載された雑誌の販売禁止等の仮処分を求めた事件について,仮処分が認められた事例です。
 以下のサイトに,決定の全文がありますのでご参照ください。
www.isc.meiji.ac.jp
 以上のように,裁判所の決定自体はごくごく簡素なもので,事実関係は何も分かりません。「著作権判例百選第2版」66頁以下に,少しだけ詳しく事実関係が掲載されていましたので引用します。

当時この種のビデオゲームの場合には,販売に先立って開発ソフトメーカーは,販売促進のため雑誌社にゲームの紹介及び映像の掲載を一定限度で許諾していた。本件も債務者Yらは,X社からこの許諾を得て掲載していたところ,債務者Y社らの発行するファミコン雑誌3月号でX社の許諾限度を超えて謎解き及び映像画面を掲載したため,X社から右使用許諾を解除されたにもかかわらず,4月号以降に前記ビデオゲームの謎解きと映像画面を掲載しようとした

とのことです。「マスコミの一部では,謎解き本の出版禁止と騒がれた事案」とのことです。
 もっと詳しく知るために,国会図書館へ行き,当該雑誌である「ハイスコア」の本誌を確認しました。
 まず,昭和62年2月号では,「新鮮先取攻略法」という一連の特集のひとつにドラゴンクエストⅡの紹介が掲載されていました。Ⅰの発売時のものも読み返しましたが全く特集されていませんでした。上記の「許諾」というのはⅡの発売に当たっての許諾だということが窺われます。この記事では,ⅠからⅡへのシステムの変更点が取り上げられ,各地のマップの1枚絵が紹介されていました。この程度であればネタバレにはならないのでしょう。
 そして,問題の同年3月号では,「ハイスコア攻略法」とする特集のひとつでドラゴンクエストⅡの攻略が行われていました。この3月号の発売日は,おそらくドラゴンクエストⅡの発売直前後くらいであったとみられます。
 (以下,ネタバレがありますので注意。)
 この攻略記事では,ゲーム開始から風のマント入手までの序盤の攻略が行われていました。その中で,魔物に占拠されたムーンブルク城の奥にいるNPCが話す,キーアイテム「ラーのかがみ」のありかのヒントメッセージを掲載したり,その「ラーのかがみ」のありかそのものを掲載するなどしていました。「謎解き・・・を掲載した」というのはこのことでしょう。今にしてみれば大したことのない攻略情報ですが,当時はこのような情報も死活問題だったのでしょう。


 このようにして,著作権に基づいてそれ以上のネタバレを防いだのが本件ということになります。ただ,本件は,あくまでドラゴンクエストⅡを映画の著作物として保護している点が注目されます。謎解き自体は,前回のブログ記事でも触れたとおり,著作物として保護の対象になりにくいものです。そうすると,本件でも,映像を複製しない限り,たとえば,文字で記載して掲載した場合には防げません。つまり,ネタバレサイトのように画像を使ったネタバレはこれで防げても,いわゆる「文字バレ」や,ネタバレを大声で言われてしまうのに対応するのは難しいのです。そのため,著作権に基づいてネタバレを差し止める,というのはネタバレを防止するための法的手段としてはやや弱いということになります。
 ちなみに,この項との関係では,本論とはあまり関係ないですが面白い情報があるので,八百選掲載時に加筆する予定です。

結局,ネタバレに対する対応は?

 前述の裁判例で見たとおり,著作権侵害に当たらないという手法で行われるネタバレの場合,法的に差止め等で防ぐことは困難ではないかと思います。ネタバレのほとんどが著作権侵害によらない手法で行われますので悩ましいところです。
 また,同様に,ネタバレ者に対して不法行為に基づく損害賠償を求めるのも,よほど特異なケース,たとえば,謎解き公演直前に害意をもってプレイヤーの前で大声でネタバレを叫ぶような行為であればともかく,そうでなければ不法行為に基づく損害賠償請求も難しいと思われます。
 さらに,実質的な問題として,ネタバレか否かの線引きは非常に困難という事情も挙げられます。*6
 いずれにせよ,プレイヤー視点では,自衛するのが一番ということになります*7

謎解きイベントのネタバレに対する対応例

 では,謎解きイベント運営者の観点での対応策はないでしょうか。
 前述の議論から,紙モノアイテムやヒントをアップロードする行為については,著作権法に基づく対処が可能です。問題は文字バレや口頭でのネタバレです。
 1つは,「ネタバレ禁止はマナーなので守ってね」というアピールをする方法です。これはほとんどの団体で用いられている手法です。

これからお楽しみいただくお客さまのために、謎の問題、解答、配布物、音声の内容をブログやSNSなど、インターネットで公開すること、また配布物を譲渡や転売することは固くお断りいたします。
https://realdgame.jp/yukiyama/

本イベントの解答や解説をSNSやブログ等で公表しないでください。http://www.tokyo-gundam-project.jp/stamprally/

ネタバレは固くお断りいたします。
謎の解答やストーリー,演出内容,公演で使用したアイテムや用紙の写真,公演内容を撮影した動画などをインターネット上に公開することは,固くお断りいたします。
ただし,公演の感想についてはどんどん投稿していただいてかまいません。
https://www.yodaka.info/event/1912karakuri

という感じで,むしろ,こういうアピールをしていない団体はないのではないかと思われるくらいです。
 基本的にはこのようなマナー条項で啓発していくしかないのではないでしょうか。


 と常日頃思っていたのですが,唯一*8,違う手法をとっている団体?がありました。
 2つめ,法的手段をちらつかせる手法です。

文書、口頭、SNS 等への投稿や、その他の方法、態様、時期、期間にかかわらず、本イベントにおける『出題内容』及びその『解答』を第三者に開示および漏洩することを禁止します。かかる開示や漏洩行為を発見した場合には、文書の回収や投稿内容の削除等の請求をするとともに、開示や漏洩行為により生じた当社が被った損害賠償を請求します
http://web.archive.org/web/20190515064204/https://www.usj.co.jp/universal-cool-japan2019/conan/escape.html

 出展は何かというと,USJで行われるリアル脱出ゲームの公演のアトラクション注意事項です。*9
 筆者はUSJのイベントはほぼ皆勤賞なのですが,現場で目にして,いかにもアメリカナイズされた条項だなあと思った記憶があります。わりと早い段階でこのような文言が入ったような・・・。
 そう思って,SCRAPのアメリカでの公演の注意事項を確認してみるとこんな感じ。

Q: Is photography allowed?
A: You will be allowed to use your camera during the game to capture clues, BUT please do not upload any spoilers to the internet or social media or tell other people the answers. There will also be photo opportunities after the event in the post-game lounge.
http://web.archive.org/web/20170323154227/http://scrapzelda.com/faq/

 SCRAP名物のドメイン切れサイトから発掘しましたが,出典はゼルダ脱出。*10
 このくらいならギリギリ訳せましたが,「写真撮るのはOK?-ゲーム中に手がかりを写真に撮るのはOKだけど,それをインターネットやSNSで公開したり,他の人に答えを言うようなネタバレは勘弁してくれよな。ゲーム終了後にはフォトスポットもあるよ。」という感じで,日本の公演の直訳っぽい具合。ということはUSJのは,アメリカナイズというよりも,ユニバーサルスタジオナイズってことなんでしょうか。
 いずれにせよ,これらの文句を注意事項に記載したのみで,このような法的手段が実際に取れるかはなお慎重な検討が必要ではないかと思われます。「お客様は神様」的な発想ではこのような文言を盛るのは憚られるのではないかと思われるところでもあるので,もしやるのであれば相応の覚悟をもって盛り込む必要がありそうです。

まとめ

 法的な手段でネタバレに対抗するのは難しい。謎解きでも同じで,プレイヤーは自衛し,運営者はマナーに訴えかけるしかなさそう。

*1:反社会派とか言わない

*2:八百選掲載版では,ミステリー小説のネタバレがある予定です。

*3:知らんけど

*4:反社のフリをここで回収

*5:株式会社エニックス(当時)・有限会社バードスタジオ・有限会社アーマープロジェクト・株式会社チュンソフト(当時)

*6:この点に関しては,非常に優れた論考が過去のアドベンター企画で投稿されていましたのでご紹介します。http://jono0819.blog.fc2.com/blog-entry-2.html

*7:公演後会場付近で大声でネタバレされる事故は防げませんが・・・。

*8:当職調べなので他にもあったらすみません。

*9:ちょうど公演の狭間なので,ウェブアーカイブから拾って来ました。

*10:ゼルダ脱出あくしろよ