刑裁サイ太のゴ3ネタブログ

他称・ビジネス法務系スター弁護士によるニッチすぎる弁護士実務解説 TwitterID: @uwaaaa

覚醒剤の隠語「シャブ」の語源・由来についての考察

はじめに

 いわゆる覚醒剤*1は,隠語で「シャブ」と言うとされています。
 しかし,その語源・由来については諸説入り交じっています。そして,そのほとんどが民間語源のレベルを超えていないように思われます。
 そこで,いつものように,諸説を整理して業務を放り出してその信憑性を評価していきたいと思います。
 あれ? 「弁護士実務解説」という↑のブログ説明が空しく聞こえてきましたよ?

「アンプルの水溶液を振るとシャブシャブという音がしたから」説

 出典はwikipediaです。
ja.wikipedia.org


 たしかに,戦前「ヒロポン」という名称で*2,アンプル入りの注射薬が公然と販売されていました*3
 しかし,「シャブ」と呼ばれるようになったのは,覚醒剤の第2次流行期である昭和40年代の頃のはずです(大阪地判昭和49年9月11日判例時報772号114頁の判決文に,「『これはシャブではないか』と問い質した」とあります。)。第2次流行期以降に作られた隠語が,20年以上前のヒロポンのアンプルを元に作られたとするのはやや違和感があります。
 ここから発展して単に「水溶液を振る音」という説も誕生していて,変遷も見られます。
 そもそも,アンプルの容量は1ml管であり*4オノマトペとしては「シャブシャブ」というよりも「シャバシャバ」の方が自然なように思われます。
 もっというと,当時流通していた「ヒロポン」にはアンプルだけではなく錠剤もあったようです。注射剤よりも取り回しがいいはずで,取り回しの悪いアンプルの方を代表選手のように取り上げて異名を付けたというのは無理があるように思えます。
 このように,この説の信憑性は高くはなさそうです。


英語で「削る、薄くそぐ」を意味する shave を由来とする説

 これも出典はwikipediaです。
ja.wikipedia.org

 覚醒剤は,よく見かける白い粉ではなく,「ガンコロ」と呼ばれる大きな結晶の形でも流通しているようで,そこから着想を得たのでしょうか。

125:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/11/03(木) 21:39:38.80 id:V11fHywwi
シャブ食う前にガンコロを削る派?
それともあらかじめ粉にして使う派?
http://channelz.blog.fc2.com/blog-entry-1383.htm

という書き込みが2ch(当時)にもありました。削って使うことから名付けられたということなのでしょうか。
 ただ,ガンコロだけが出回っていて,使うたびに削っていた,という話なら分かりますが,そういう話は見当たりません。
 そもそも,"shave"の発音は「シェイブ」なので,これがシャブに訛るのには大きな違和感があります。
 また,上記の説は,wikipediaの「覚醒剤」の項目に,2006年11月13日 (月) 20:07,IPアドレス"220.34.218.135"*5によってなされた投稿から突然発生します。
「覚醒剤」の版間の差分 - Wikipedia
 2000年から投稿当時までに絞ってグーグル検索しても,このshave説は出てきません。この辺りからも,信憑性が大きく欠けます。

「静脈内に投与すると冷感を覚え、寒い、しゃぶい、となることから」という説

これも前同様に,出典はwikipediaです。
ja.wikipedia.org
 覚醒剤を注射で施用すると冷感を感じるというのは間違いなさそうで,「冷たいの」などという呼ばれ方もします。英語圏でも"ice"と呼ばれることがあります*6
 ただ,この冷感は基本的には快感*7であるようで,どちらかというと不快感を含んだ「寒い」「しゃぶい」という表現にはならないように思います。
 また,この説も,wikipediaの「覚醒剤」の項目に,2009年5月12日 (火) 01:14,IPアドレス"219.98.178.173"*8によってなされた投稿から突然発生します。
「覚醒剤」の版間の差分 - Wikipedia
 前同様に,2000年から投稿当時にまでグーグル検索しても,この「しゃぶい」説は出てきません。この辺りからも,信憑性が大きく欠けます。

「骨までしゃぶられる」からという説

 結論を先出しすると,現状ではこれが最も有力な説であると言えます。
 先ほどから脚注で何度か引用している,法曹会から出ていて,最高裁判所事務総局刑事局が監修している「薬物事件執務提要(改訂版)」のpp.213*9には次のような記載があります。

当時,市販されていた覚醒剤の中でも,特に「ヒロポン」(写真2)という商品が有名で,覚せい剤依存者のことをその筋では「ポン中」と呼んだ。そもそも,ピロポン*10(Philopon)は,ギリシャ語のPhiloponos(仕事を好むの意)に由来するという23)。同時に今日まで,覚せい剤のことを,隠語で「シャブ」というが,これは「骨までしゃぶる」という覚せい剤の特性に由来するという31)。

 そして,この脚注31は,「田所作太郎:薬物と行動-こころとくすりの作用.ソフトサイエンス社,東京,pp.198-200,1980.」とされています。
 この本を古本で入手して紐解いてみたところ*11

「骨までしゃぶる」というところからきたとも聞いている。

 という記載が確認できました。
 ・・・って,出所も何も分からない伝聞情報じゃねーかよ!
 田所氏は,医学者・薬理学者のようなので,人文科学のバックボーンがあるわけではなさそうです。ですので,何か詳しい調査やフィールドワークを行ったわけではなく,噂話を小耳に挟んだだけの情報を書いた可能性は否定できません。
 しかしながら,他の説とは違い,伝聞情報とはいえ,具体的な典拠に遡ることができます。人文科学のバックボーンがないとはいえ,医学者・薬理学者なので,根拠のない話を著書に書くような可能性はそこまで高くないでしょう。また,シャブの語源として人口に膾炙しているのは,この「骨までしゃぶる」説です。
 そう考えるとコレで決定・・・?


 もっとも,この説も不自然さは残ります。「骨までしゃぶる」の主語がはっきりしませんし,「骨までしゃぶられる」という表記揺れもあります。
 そんなことを思いながらぐぐっていたところ,昭和41年頃に「骨までしゃぶる」という映画が公開されたようですね。
骨までしゃぶる | 東映ビデオ株式会社
 昭和41年は,ちょうど第2次覚醒剤乱用期と重なっています。
 そして,この映画の監督の加藤泰氏は,任侠映画の名作を生み出した映画監督として知られているようです。
ja.wikipedia.org
 任侠映画,あっ・・・(察し)


まとめ

 覚醒剤の俗語・シャブの語源は「骨までしゃぶる」説が相対的には有力。

*1:「醒」の字は常用漢字に昇格したので,今では単体の場合この表記が正確でしょう。他方で,法令名は「覚せい剤取締法」のままなので,法令名の場合は仮名交じりで正解です。

*2:大日本住友製薬株式会社の登録商標です。

*3:今も厳格な要件のもと,販売されています。

*4:「薬物事件執務提要(改訂版)」pp.213に引用されているヒロポンの広告に,「1cc 3管 10管 30管」とあります。

*5:この年の11月に覚醒剤の項目ばかりを編集しています。また,痴漢の項目に「痴漢冤罪」について書き込むなどしており,人物像が推測できます。

*6:英語版のwikipediaメタンフェタミンの項目にも"Common slang terms for methamphetamine include: speed, meth, crystal, crystal meth, glass, shards, ice, and tic"と上がっています。

*7:「薬物事件執務提要(改訂版)」pp.228。人によれば暖かいと感じるようです。

*8:このIPアドレスからの投稿はこの編集のみです。

*9:この本は論文集になっており,目的の論文の初出は,和田清「依存性薬物と乱用・依存・中毒」80頁・平成12年です。和田氏は国立精神・神経医療研究センターなどに所属していた研究者のようです。

*10:原文ママ

*11:「催淫薬は存在するか」という論文も載っていて個人的に勉強になりました。