はじめに
我々が好んで用いる表現に「主張自体失当」という言葉があります。
かの中村真先生も,以下のブログ記事でネタにされております。
WebLOG弁護士中村真 略語大好き!
http://nakamuramakoto.blog112.fc2.com/blog-entry-185.html
しかし,次のような意見もあります。
「主張自体失当」の濫用はよくない。「強く否認する」の意味で使っている書面が多すぎ。
確かによく考えると,言葉自体が面白い(?)から多用しているだけで,実際の意味なんて考えずに使っているような気もします・・・。
そこで,今回は「主張自体失当」について考えてみたいと思います。
「類型別」を斜め読みしてみた
要件事実論ならまず読むべきはコレだろうというのが,司法研修所の要件事実論のバイブルともいえる「改訂 紛争類型別の要件事実」。ここにはどのように書かれているか。ざっと読んで,登場シーンを調べてみました。
登場回数は意外に少なくて,4回でした。しかも前半に集中しているという。興味深いですね。ただ単に後半になるに従って集中力がなくなって,当職には発見できなかっただけかも知れませんけどね(^£^;;)
さて,これらを分析的に読んでみます。
まずは9頁。
9頁
訴え提起前にXが履行の提供をしてもYの同時履行の抗弁権は失われないから,Xがこれを主張しても主張自体失当である。
ここで論じられているのは,売買契約に基づく代金支払請求事件における,同時履行の抗弁に対する再抗弁です。同時履行の抗弁に対しては,反対給付を履行することが再抗弁となります。この反対給付の履行は履行の提供では足りない,というのがこの文で言いたいことです。
実体法上,抗弁事実を覆滅する再抗弁たり得ないから「主張自体失当」,というわけです。
次いで17頁。
17頁
違約手付けの約定は解除権の留保と両立し得るとするのが判例である(判例略)から,手付解除に対して違約手付の約定を主張しても,再抗弁としては主張自体失当である。
これも売買契約に基づく代金支払請求事件についてですが,手付関係の議論です。「手付について解除権の留保はしない旨の合意」が,手付解除の抗弁に対する再抗弁たり得るという文脈です。
ここでも,実体法上,抗弁事実を覆滅する再抗弁たり得ないから「主張自体失当」,という風に使われています。
21頁。
21頁
反対給付の提供をすることなく相手方の履行遅滞を理由としてした契約解除は,無催告解除の特約がある場合においても効力を生じない(判例略)から,その解除の主張は主張自体失当である。
これまた売買契約に基づく代金支払請求事件の,解除の抗弁について。同時履行の抗弁権の存在効果を消滅させるのには反対給付が必要という文脈。
ここでも,実体法上,抗弁事実を覆滅する再抗弁たり得ないから「主張自体失当」,という風に使われています(17頁のまとめをコピペ)。
最後に40頁。先に言うと,これだけ意味合いが違います。
40頁
なお,同一訴訟手続内において複数の保証人各自に対しそれぞれ保証債務全額を請求する場合には,請求 原因において共同保証人の存在が現れている(民法456条)から,連帯の特約等,共同保証人の各保証債務が連帯保証債務となるべき事実(カッコ内略)を主張立証しないと,請求の一部が主張自体失当となるため,この事実を保証債務履行請求の請求原因として主張立証する必要がある(カッコ内略)。
保証債務履行請求事件について,「連帯保証の約定」の攻撃防御方法上の意味の論述です。
ご覧のとおり,ここでは,「複数の保証人に請求する場合,分別の利益があることが請求原因段階で明らかになるから,分別の利益がない,つまり連帯保証であることを主張しないとダメですよ。」という文脈です。明示されていませんが,これは,いわゆる【せり上がり】の議論です(なに? 「せり上がり」って何ですかって? それくらいは自分で調べてください(^£^;))。
このように,「類型別」的には,「実体法上,抗弁事実を覆滅するに足りない場合」と「いわゆるせり上がりが必要なのにそれをしない場合」とを「主張自体失当」と呼んでいることが分かりました。
みんな大好き「要件事実マニュアル」ではどうなってるの?
要件事実論といえば,丘ロ甚ー岡口基一判事の「要件事実マニュアル」。1巻,しかも出たばかりの第4版を紐解いてみます。25頁以下に記述がありますので引用します。
抗弁等の攻撃防御方法を提示したが,それが立証に入るまでもなく失当である場合を「主張自体失当」という。(中略)
主張自体失当となる場合を類型化すると,①誤った法的見解に基づく攻撃防御方法の提出の場合(カッコ内略),②攻撃防御方法の要件事実の主張漏れがある場合(カッコ内略),③他の攻撃防御方法との関係で,いわゆるa+bに当たる場合がある(カッコ内略)。
このほか,「せり上がり」の場合を挙げておられます。
なお,これらに加え,過剰主張,無意味な主張をも含めて主張自体失当と考える説もあるようですが(要件事実30講説),概念が曖昧になるとして要件事実マニュアルでは採用されていません。
ここで,類型別に登場したものと要件事実マニュアル説とを比較します。
すると,「実体法上,抗弁事実を覆滅するに足りない場合」が概ね上記の①に当たるものと思われ,「せり上がり」は「せり上がり」で同じです。そうすると,②や③を含む要件事実マニュアル説の方が広く捉えているように思われます。
ところで,③に関連して,「類型別」には,以下のような記述がありました。
37頁
したがって,時効利益放棄の意思表示が黙示的にされたと主張し,時効完成後の債務の承認に当たる事実(カッコ内略)をもってその黙示の意思表示を基礎づける事実として当事者の主張を要するとの見解に立つ場合には,時効利益の放棄の主張は時効完成後の債務の承認の主張を内包する関係になるから,時効利益の放棄の主張は,通常,法的に意味がない。
これは,典型的な「a+b」の理論です。ここでは,類型別では「主張自体失当」という言葉を使わずに,敢えて「法的に意味がない」というに留めています。
ですので,類型別説では「a+b」は「主張自体失当」に含めないのでは・・・と当職は考えています。
なお,要件事実マニュアル説は「a+b」を主張自体失当に含めて考えるようです。しかし,「a+b」の理論は結局「要件事実ミニマムの原則(過剰主張はNG)」ということに起因するものであるところ,過剰主張を「主張自体失当」に含めないのであれば,「a+b」の場合も含めるべきでない,とするのが論理的であるように思われます。また,実質的に考えても,他の主張自体失当事例と異なり,「a+b」の場合は,失当とされた主張が予備的主張として意味が出てくるケースもあるので,その意味でも,「主張自体失当」に含めるかは疑問なしとしません。
つまり,どういうことだってばよ
「民事訴訟における要件事実」や「要件事実30講の最新版」が手元になかったので全貌は明らかになっていませんが,
研修所説(類型別説)<<要件事実マニュアル説<<要件事実30講説
の順に「主張自体失当」の範囲が広くなっていく,ということだけは分かりました。
研修所説では,「実体法上,抗弁事実を覆滅するに足りない場合」「いわゆるせり上がりが必要なのにそれをしない場合」に限られます。
要件事実マニュアル説では,これに「主張漏れがある場合」「a+bの場合」が加わります。
要件事実30講説では,「過剰主張」「無意味な主張」も加わります。
当職らが日常的に使う「主張自体失当」の多くは,これらを超え,「否認の代替表現」くらいの意味ではないでしょうか。説も分かれているようですし,研修所で徹底的に学んでないので,意味するところが拡大していくのはやむを得ないといえましょう。
気が向いたら加筆するかも知れませんが,そろそろ起案に戻りますのでこんなところで。
参考文献
文中に挙げたもの。要件事実30講の旧版もチラ見しました。
読めば良かったなあと思っている文献は,文中に挙げた「民事訴訟における要件事実1巻,2巻」や「要件事実30講の最新版」のほか,「新版問題研究要件事実」など。